001 俺、夏目桂(17)はただ今、人生最大のピンチに立たされている。 なんだってあんな賭けにのっちまったんだろう……。 全身に降り注がれる視線が痛い。痛すぎる。 振り向けば興味津々な面持ちのクラスメイト。 「頑張れ!」と立てられる親指。 ちっくしょー、人ごとだと思いやがって。いや、まぁ思いっきり人ごとなんだろうけどさ。 俺は、向き直り大きく深呼吸した。 窓際後ろから2番目の席、いつものように文庫に目を落としていらっしゃいますのは、学校一の美少女と名高い城ヶ崎あやめさん(17)。 「あらゆる角度から見て完璧だよな」(クラスメイトA談) 「城ヶ崎さんってCGで創られたんじゃないか?」(クラスメイトB談) 小さな輪郭にキメ細かな白い肌。黒目がちでぱっちりと開いた目。頬に影を落とす長いまつげ。すっきりと形良く高い鼻。ふっくらとした唇。 「何読んでるんだろうな」(クラスメイトC談) 「世界文学全集とかだろ」(クラスメイトD談) 昼休みの喧騒の中、彼女の周りの空間だけは別世界のように凛と澄みきっているようだ。 彼女は今、この教室が異様な緊張感に包まれていることにさえ気づいていないだろう。 ゆっくりとページをめくる長く細い指先。時折憂いを含んだ目線を窓の外に移しては、また本に目を落とす。 ふと、不意に吹いた強い風が、彼女の胸元の髪を散らす。 露骨に見てはいけないと思いつつも引き付けられてしまうことを誰が責められるだろうか。 制服の生地をめいっぱい押し上げる細身の体には不釣合いな程の立派な、実にご立派なそのバスト。 「DとかEってレベルじゃないよな。ありゃメロンサイズだ。あやメロン」(親友、小茅丈志。通称コガタケ談) 「桂、お前また振られたんだって?」 実にさわやかな口調でコガタケが核心をつく。 「傷心中の親友に対して、もっといたわる言い方があってもいいんじゃないだろうか」 「ごめんよ。マイスイートハニー♪俺がこの胸でその傷を癒してやるから」 「あーもううざい」 両手を広げて抱きついてくるコガタケを乱暴に払いのける。 「桂が玲香ちゃんに振られるのこれで3回目だっけ?」 冷たいなぁもう。と拗ねるふりをしながらコガタケが聞いてくる。 「4回目」 視線も上げずぶっきらぼうに答える俺。 「毎回一方的に振られて、一方的に復活。今回の理由はどのようなものだったんでしょうか。夏目さん」 読んでいたPC雑誌を閉じたキクこと菊池浩輔がインタビュアー口調で尋ねる。 「……昨日同じクラスに転入してきたなんとかってヤツに運命を感じたそうだ。名前は忘れた」 「1年も付き合ってるのに会ってたった1日のヤツに負けたのか?お前の1年間はなんだったんだ?」 コガタケ、それは俺が聞きたいよ。まぁ聞いたとしても納得いく答えは返ってきそうになかったんで、あえて聞かなかったが。 「まぁドMな桂にとっては振り回されてるのが、気持ちいいのかもな」 うんうんと頷くコガタケ。 「俺はドMじゃねえ!」 「いや、ドMだろう」「ドMだと思う」 キクと高柳侑のユニゾン。口の悪い古河はさておき、こいつらまでも……。 「いいか。俺の好みは清楚で慎ましい大和撫子だ!」 ビシッと言い切る。 ――沈黙。 「……大和撫子ねぇ。それってもう絶滅したんじゃねえのか」 興味なさそうなコガタケ。 「いや、奇跡的に存在はしているけどな。しかもわりと身近なところに」 キクが、窓際後ろから2番目の空席に視線を向ける。 「……城ヶ崎さんか?」 コガタケの問いに頷く浩輔。 「彼女は無理だろ。今まで何人の勇者が彼女の前に立ち、玉砕してきたと思ってるんだ。あの席までの距離は数メートルに見えるが、実際には数万光年。いやそれ以上……」 「うん、僕も無理だと思う」 侑までもがきっぱりと言い切る。 「そんなのやってみなきゃわかんねーじゃん」 俺の言葉にコガタケ、キク、侑が無言で、顔を見合わせる。 「じゃあ、桂が振られる方に」 コガタケが机の上に500円玉をカチャリと置いた。 「はっ?」 「俺もそっち」「僕も」 キクと侑がその上に500円玉を重ねる。 「ねぇ、何やってるの?」 集まってくるクラスメイト。 「実は桂がね…」 コガタケの幾分脚色を交えた説明に 「へぇ面白そう」 あっという間に俺の向かい側に500円玉の山が出来あがる。 それに引き換え、俺の前には自分で置いた500円玉が1枚。 おい、なんだよこの状況は。みんな冷たすぎやしねぇか。 「これ賭けになんねーじゃん」 ここまで徹底的に否定されるとさすがに意地になる。 「いや、この勝負俺が勝つね」 俺は目の前の500円玉を高く掲げると、力強く言い放った。 「あやメロンは俺が頂くぜ!」 |