002


 教室のドアが開く音。
 みんな一斉にそちらに注目する。
 話題の人、城ヶ崎あやめさんの登場である。
 急に静まり返る教室。衆人環視の中、決心つきかねて立ち尽くしていると、コガタケに「早く行け」と小突かれる。
 ああわかったよ。もう。俺は押し寄せる後悔の念を振り払うように、一歩踏み出した。
 自然に、自然に。自分に言い聞かせながら足と腕を交互に前に出し、かばんから文庫本を取り出そうとする城ヶ崎さんの前に立つ。
「あの、城ヶ崎さんっ」
「はい?」
 吸い込まれそうな瞳に射すくめられそうになるが、ここで怯んではいけない。
「俺と付き合ってくださいっ!」
「……」
 表情を変えることなく俺の顔をじっと見つめ続ける城ヶ崎さん。
 ある不安が胸をよぎる。
 もしかして、俺のこと知らないとか。
 ……十分にありうる。
「あの……俺、同じクラスの夏目桂って言うんだけどね」
 言いながら情けなくなってくるが仕方ない。
「……」
 相変わらずの沈黙。
クラスメイト達の「やっぱりなぁ」という雰囲気を全身で感じる。
 こういう時は引き際が肝心だ。俺は精一杯爽やかな笑顔を作って言った。
「ごめん。いきなりこんなこと言われてもこま……」
「いいよ」
「えっ!?」
 その場にいたクラスメイト全員が心の中で俺と同じ声を上げただろう。
「いや、俺、付き合ってほしいって言ったんだけどね」
 何かの間違いだと思ってしまう自分が悲しい。
 でもこれは間違いだろう。間違いなく。
「いいよ。付き合いましょ」
「付き合いましょ」その言葉を10数回反芻し、意味を確認する。
 付き合いましょうということは付き合ってくれるってことだよな。
「ありがとうございますっ!」
 俺は、群集に向けて背中の後ろで親指を立てつつ、深々と頭を下げた。



 午後の授業中は顔が緩むのを我慢するのに必死だった。
 陵高の女子ナンバー1の城ヶ崎あやめ。そんな彼女を射止めた俺様はすなわち陵高の男子ナンバー1ってとこだよな。
「俺、初めて奇跡を見たよ」
 コガタケの言葉にキクと侑が大きく頷く。
「蓼食う虫も好き好きっていうか」
 キクの言葉にコガタケと侑が大きく頷く。
「斜め上を行く選択っていうか」
 侑の言葉にコガタケとキクが大きく頷く。
「まぁ好きに言いたまえ」
 今の俺様はどんな言葉だって寛大な心で受け止めちゃうぜ。
「何日もつんだろうなぁ」
「……不吉なこと言ってくれるなよ、コガタケ」
「大体――」
 コガタケが俺の肩に手を回す。
「あの城ヶ崎さんと桂にどんな共通の話題があるってんだ?」
「確かに」
「話が合うとは思えないね」
 キクと侑も畳み掛ける。
「そこは二人の愛のチカラで乗り越えるのさ!」
「愛なんてあるのか?」
 コガタケが冷めた口調で言う。
「これから育んでいくんだよ!」
 俺は友人どもにじゃあなと手を振ると、帰り支度をしている城ヶ崎さんに駆け寄った。


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