006 「グッモーニン、マイハニー♪で、昨日はどうだった?」 絡み付いてくるコガタケを邪険に払いのけ、俺は余裕の笑みを浮かべて言う。 「そりゃあもう」 ……大変だったさ。 あぁそうだ思い出した。俺には使命があるんだった。ヤツに話しかけないと。 コガタケを押しのけ、桐生の席に向かう。 桐生は、予習でもしているのかノートになにやらせっせと書き込んでいる。 「桐生」 呼びかけると、桐生の俯いた背中がビクッとする。 「あっゴメン、びっくりさせるつもりじゃ……」 桐生がゆっくり顔を上げる。 「うわっ」 びっくりしたぁ。 顔を半分以上隠す重く長い前髪。全体的に長髪なのではない。横とか後ろのカットは普通だ。 ってことは、これ意図的にやってるんだよな……。 よく見ると前髪の隙間からかすかに眼鏡のフレームがのぞいている。 確かに黒髪で眼鏡ではあるけれど――これは、ヤバイだろ。つーか怖えよ。 ……なんでよりによってコイツなんだ。 もっとなんっつーか爽やか好青年をモデルにした方がよくないか? 回れ右をして席に戻りたい気持ちを必死に抑えてなんとか一声を発してみる。 「お…おはよう」 桐生は俺を見つめ(ているんだろうな。前髪で見えないが)、 「…おはよう」 とぼそっと呟くとすぐに俯き、再びノートに数式を書き始める。 ……終わっちまったよ。 超強力なA.T.フィールドに阻まれ、それを打ち破る必殺兵器も気力も持ち合わせていない俺はすごすごと自分の席に戻った。 「おっ、幸せ者登場」 前の席のキクが昨日とは違う雑誌から目を離し言う。 「ねぇ、どうだった?昨日の帰り」 興味津々の侑。 「どうせずっと無言だったんだろ」 と、コガタケ。 「いや、結構喋った」 「へぇ、なんか意外だな。どんなこと喋ったんだ?」 コガタケの問いに、キクと侑も興味深々な様子だ。 「なんというか……文学について」 間違ってはいない。 「わからなかっただろ」 「あぁ全く理解できなかった。理解できる気がしなかった」 「そうかそうか。まぁ、せいぜい頑張れ」 なんか嬉しいそうなコガタケの様子に若干ムッとするが仕方ない。 それにしてもあやめちゃんも変わった趣味だよな。 それとも結構一般的だったりするのか? 俺は何気なく問いかける。 「あのさぁ、男同士の恋愛ってどう思う?」 雑誌を取り落とすキク。 固まる侑。 凍りついた空気の中、コガタケが静かに口を開く。 「桂、お前の事は親友だと思ってるし、俺はいつだって桂の力になりたいと思ってるよ」 「何だ?急に」 「だが、お前の気持ちに応える事はできない。つーかお前ではオカズにもなりゃしねぇ」 「アホか!」 バコッ!コガタケの後ろ頭をはたく。いい音だ。 「そうじゃなくって!なんかそういう男同士の恋愛が好きな女って……」 「あぁ、腐女子ってヤツ?」 キクが口を挟む。さすがオタク。詳しいな。 「ふじょし?なんだそれ」 「男同士の恋愛を扱った小説や漫画を好む趣味を持った女のこと。野郎同士の絡みなんか何が楽しいのかねぇ」 雑誌から目を離さず、すらすらと答えるキク。 そうだよな。野郎同士の絡みなんて……えっ? 「絡むのかっ?!」 「そりゃ絡むだろう。恋愛なんだから」 あっさりと答えるキク。 「そっ、それだけは勘弁してくれ」 「いやそんなこと俺に言われても……」 受けとか攻めって……浮かんだ恐ろしい想像を振り払っていると、 「この電解コンのくびれ、たまんねぇよなぁ……」 雑誌を見ながらキクが呟く。 「キク、基板萌えをやめろ。ついでに髪も黒くしろ」 ビシッと指を突きつけキクに言い放つ。 「何だ?急に」 「侑、今年の夏は焼かねぇか?」 侑の両肩に手を置き、提案する。 「ええっ、何で?」 「どうせ汚されるのなら、お前らの方がっ!」 「……桂、変だよ。前からだけど」 困惑した表情を浮かべる侑。 と、しばらく黙っていたコガタケが口を開いた。 「で、それって城ヶ崎さんとなんか関係あるわけ?」 「ないっ!全然ないっ!」 思いっきり否定する。 「ははーん。もしかして城ヶ崎さんって――」 ニヤリと笑うコガタケ。 「な……なんだよ」 しまった!バレたか?! 「男だったのか?」 ガコッ!コガタケの後ろ頭を鞄ではたく。いい音だ。 それにしても―― 男同士の恋愛より、男女の現実の恋愛の方が楽しいに決まってるのになぁ。 あっ、そっか。 そういえばあやめちゃんって今まで誰とも付き合ったことなかったんだよな。 ということはだ。現実の恋愛を身を持って体験すれば、男同士の恋愛なんかからは興味を失くし、晴れて俺とラブラブな日々を―― 「桂、何ニヤニヤしてるんだよ。気持ちわりぃな」 「万事解決。オールオッケー!」 俺は勢いよく立ち上がる。 あやめちゃん、俺が現実の恋愛の素晴らしさに気付かせてあげるぜ!! |