008


「あやめちゃん、ココがわからないんだけど」
「あっ、これはね」
 顔を近づけるあやめ。
 シャンプーのいい香り。もう少しで触れそうな程接近するあやメロン。
 あぁ幸せだ。
 ……桐生(じゃまもの)さえいなけりゃな。
 さっきから一言も発せずに黙々と問題を解いている桐生を恨めしげに眺め見ていると、あやめがパタンと教科書を閉じる。
「古文はここまでにして。次は数学ね。私、数学は苦手だから桐生君に聞いてね」
 明らかに何かを期待している様子のあやめ。
 いや。何も起こらないから。絶対に。

 とりあえず数学の教科書を開いてはみるが、
 ……わっかんねー。
 元々勉強する気なんてあまりないのでつい視線はあやめにいってしまう。
 ほんと可愛いよなぁ。
 思わず見とれていると、急に身を乗り出してきた桐生に視界を遮られる。
 しかもヤツは俺の教科書に無言でなにやら書いている。
「おいっ、なにする……」
 図形を囲み、斜線で塗りつぶす。
「ココと」
 更に別の部分にも斜線を引く。
「ココ」
「?」
 もしかして教えてくれようとしているのか?
「同じ」
「あぁ」
 そうだな。
「だから」
 隣に数式を書いてゆく。
「こう」
 なるほど!
「あぁ、そっか!わかった」
 無言で元の場所に戻る桐生。
「……サンキュ」
 声をかけると、微かに頷いたようにみえた。

 ふとあやめの方を見ると、教科書を立て、ノートに物凄い勢いでなにやら書き綴っている。
 教科書の影になって見えないが、数学の問題を解いてる――わけないよな。
 一心不乱に書き続けること数分間、一息ついたあやめがノートを閉じ、顔を上げる。
「そういえば桐生君って何座?」
「…水瓶座」
 笑顔のあやめの問いに無愛想にぼそっと答える桐生。
「えっと、水瓶座の今日の運勢はね」
 鞄の中からいそいそとブックカバーのかかった本を取り出し、読み始める。
「運命の人はあなたのすぐ近くにいます。勇気を出して告白すれば新しい世界が開けるかも」
 ゲホッゲホッ!
 おいっ、麦茶が変なところに入ったじゃねぇか。
 新しい世界ってどんな世界だよ……。っていうかソレ絶対書いてないだろ。今自分で考えただろ。
 無言の桐生にあやめが身を乗り出して熱く語りかける。
「この占い、すっごく当たるの。だから思い切って……」
 俺はあやめの言葉を遮るように言った。
「……桐生、この問題教えてくれ」



「すげぇ……こんな点数初めて見た」
 返却されたテスト用紙を呆然と眺めている所に、コガタケがやってくる。
「心の友よ、傷を癒しあおうぜ〜 ――ってなんだよこの点数?!」
 俺のテスト用紙を奪い取り、素っ頓狂な声を上げる。
「驚く程の事じゃない。実力だよ。実力」
 実は自分自身、物凄く驚いているのだが。
 キクがコガタケの手にある俺のテスト用紙を上からひょいと掠め取り一瞥した後、侑に手渡しながら言う。
「理系科目と文系科目のそれぞれトップにつきっきりで教えてもらえば、そりゃあ成績上がるだろ」
「あやめちゃんと桐生ってそんな成績良かったんだ」
「知らなかったのか?」
 あきれたように言うコガタケ。
「今まで順位とか気にしたことなかったもんなぁ。赤点避けるのに精一杯で」
「それにしても、あやメロンを目前によく集中できたなぁ」
「あぁ。勉強以外のことに話題が行かないようものすごく集中したよ」
 あんなに緊張感を持って勉強したのは生まれて初めてだ。
「なぁ次回、俺も参加しちゃダメ?」
「変な役がつくかもしれないからやめてくれ。これ以上関係を複雑にしたくないんだ。泥沼の三角関係とか冗談じゃねぇ」
 コガタケの頼みを一蹴する。
「心配しなくても俺、城ヶ崎さん狙いじゃないけど」
「いや、そういう心配じゃないんだ……」
「でも城ヶ崎さんはともかく、なんでまた桐生君と一緒に行動してるの?」
「それはなんていうかつまりその……なんかあやめちゃんの友達が桐生に気があるとかで……」
 侑の問いに苦しまぎれに答える。我ながらかなり無理がある設定だと思うが、
「そうなんだ」
 侑はあっさりと納得する。
 おい、素直にも程があるぞ。
 大体あの桐生にときめく相手なんて……でもまぁ納得してくれたならいいか。
 そういや桐生、結局最後まで勉強会に来たよな。
 教える手間が増えるだけで、あいつにとってなんのメリットもなかったのに。
 わっかんねーな。
 まっ補習は免れられたことだしよかったとするか。
 あやめちゃんとの関係の進展は全くなかったけどな……。


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