010


「桐生くん、今週の土曜日遊園地に行かない?」
「……なんで?」
 非常にいい質問だ。そうだよな。お前もおかしいと思うよな。
「あやめちゃん。無理に誘っても悪いよ。急なことだし、桐生も用事とかあるよな。断ってもぜんっぜん気にしないから」
 言外に含ませたニュアンスをしっかり読みとれよ、桐生。つーかマジで頼むから断ってくれ。
「……別にいいけど」
 おいっ。
 やっぱりそうなるのか……。
 暗澹たる気分の俺とは裏腹に、あやめは実に晴れやかな笑顔で言う。
「じゃ、待ち合わせはお昼過ぎくらいってことにして。詳しいことはまた連絡するから」
 当日、あやめは急用が出来て行けなくなった事にするので、後は2人で楽しんでね☆っていう作戦なんだそうだ。はぁ……。


 遊園地デート当日、待ち合わせ時間ギリギリにあやめが小走りにやってくる。
 大きく揺れるおさげにした髪、そして胸。
「待った?ごめんね」
 いや、むしろ走ってくれてありがとうです。
「パンツスタイルも似合うね」
 普段の様子からスカートのイメージを抱いていたせいで、一見意外な気もしたがこれはこれですごく可愛い。
「ありがとう。走ったり隠れたりしなきゃいけないかもしれないから動きやすい方がいいかなって思って」
 おい、メインはそっちかよ。っていうか、午後からは俺と桐生を見張る気なのか?
 ……まぁそれはとりあえず後で考えることにして――
 とりあえずはあやめちゃんとのデートだ。



 遊園地のゲートをくぐる。休日ということもあり園内は適度に混んでいて待ち時間もありそうだ。
 時間もあまりないし、効率よく回らなくちゃな。
「じゃあ、まずジェットコースターに……ってあれ?」
 隣にいたはずのあやめの姿が見当たらない。
 振り返ると、入り口で渡されたマップを見ながら、あたりをキョロキョロと見渡している。
 おい、なんか回ってるぞ……。一体何してるんだ?
「どうしたの?あやめちゃん」
「遊園地ってすごいね。」
 マップと実物とを見比べ、子供のように無邪気に目を輝かせている。
 そんな感動するほどすごい遊園地でもないんだけどな。
「……もしかして遊園地、初めて?」
「ううん、小さい頃に来たことあるけど。でもすごく久しぶり。どうしよう。これもこれも楽しそう。あっ、でも全部乗るのは無理だよね。そうすると――」
 俺には全く理解できない萌えで盛り上がる姿にも驚いたが、この無邪気にはしゃぐ姿もかなり意外だ。
 教室での落ち着き払ったあやめからは全く想像できない。
 そしてこれはかなり――
 俺がじっと眺めているのに気付き、我にかえるあやめ。
「……ごめん、なんか勝手に盛り上がっちゃって」
「あっ、いや、可愛いなぁと思って」
 意識せずさらっと呟いた言葉に、あやめの頬が染まる。
「夏目君は何に乗りたい?」
 照れているのか視線を逸らし気味に尋ねる。
「俺は――」
 ジェットコースターと言おうとするが――
 はしゃぐあやめを見ていたら、なんかもうそんな事どうでもいいような気がしてきた。
「あやめちゃんの好きなのでいいよ。何にする?」
「えっと、じゃあ……あれ!」
 あるアトラクションを指差す。絶叫系ではない。
「よし行こう!あっそうだ。……手、つなごうか」
「……うん」
 少し躊躇した後、控えめに差し出された手に指を絡める。
 心なしかあやめの頬の赤味が少し増したような気がした。



「もうあんまり時間がないね」
「あと1つくらいしか乗れないな。最後は……あれに乗ろうか」
 目の前にある観覧車を指差す。
 遊園地の観覧車でする事と言えばキスだよな。やっぱり。
 というか観覧車はそのための乗り物だと俺は思っている。
 もしかすると、この数分間で一気に勝負を進められるかもしれないと淡い期待を抱く。
 今はまだスタート地点にいるけれど、サイコロの6の目を出せばいいのだ。

 観覧車の席に座り、ぼんやりと景色を眺めているあやめ。
 物憂げな横顔も絵になるなぁ。などと感心している場合ではない。時間は限られているのだ。
 覚悟を決め、ゆっくりとあやめに顔を近づける。
 ほっぺか?いや、ここは思い切って唇に行っとくべきだろう。
 ほんのりと上気した頬。ふっくらとした薄紅色の唇。
 睫毛、長いよなぁ……
 一瞬、見惚れて動きを止めた途端、
「あーっ!キスしたぁっ!!」
 あやめがいきなり勢いよく立ち上がる。
「いやっ、まだしてな……」
 慌てて飛び退き、言い訳をする。
「ゴメン、これは、あの、つまり……」
「あの2人絶対怪しいと思ってたの。やっぱり恋人同士だったのね!」
 はい?
 あやめが指差す先に視線をやると、小指サイズくらいの男同士と思われる人影が木陰のベンチで寄り添っているような、いないような。
「ええと、あの人達が?」
 どうでもいい。恐ろしくどうでもいい話だ。
「そう!キスしてたの!!」
 興奮冷めやらぬ様子で、立ったまま大きく身振り手振りを交えて語りだすあやめ。
「あの2人、雰囲気が絶対に友達同士じゃないと思ってずっと観察してたんだけど」
 そんなもん観察してたのかよ……。
「いいもの見れちゃった。もうね、萌えゲージが一気に上昇!」
 あやめは両手を胸に当て身を捩ると、半ばジャンプするかのように膝を折る。
 大きく揺れる観覧車。
「うわぁっ!あ、あやめちゃん落ち着いて!危ないから!とりあえず座ろう!ね、ね!」
 慌ててなだめ、無理やり席に座らせる。
 はぁ、危なかった。
 あやめはそんな事を気にする様子もなく、うっとりした表情で呟く。
「遊園地でキスかぁ。素敵よねぇ」
 そうですか……。俺はしそこなったけどな。

 観覧車を降りると時計はもう12時近くを指していた。
「時間が経つの早いね」
 残念そうにあやめが言う。
「桐生の方をキャンセルするって手もあるけどね」
 無駄だと思いつつも、一応提案はしてみる。
「それは出来ないの。遊園地デートの話書くって約束しちゃったから」
 ……誰にだよ。
「ところであやめちゃんはこれからどうするの?」
「私は影からこっそり2人を見守る予定。あっ、でも私の事は気にしなくていいから」
 いや。めちゃめちゃ気になるから。
「桐生にバレないようにね」
「大丈夫!そのための変装グッズはちゃんと持ってきたから」
 あやめはバッグから意気揚々とビニールに入ったメガネを取り出す。
 そ、それってパーティグッズのビン底メガネじゃ……。
 確かにパッケージに変装用グッズと書かれているけれども、それは本来の変装目的にで使うものではないと思うぞ。
「ほら、これをかければ私が誰だかわからないでしょ」
 と、上機嫌でビン底メガネをかけるあやめ。
「……よく見えない。誰が誰だかわからないわ」
 そりゃそうだろ。
「……桐生視界悪そうだから、変装しなくてもバレないかもよ。どうしてもそのメガネかけたいのなら止めはしないけど……」
 変装した方が不審人物として目に付きやすい気がする。
「そっか、それもそうね」
 あやめはメガネをバッグにしまい、腕時計に目をやる。
「そろそろ時間だね。夏目君、今日はありがとう。本当に楽しかった」
 とびきりの笑顔を浮かべるあやめ。
「もうちょっと時間があるとよかったのにね」
「うん。でもまた……」
 えっ?またって次もあるってことか?
 あやめの口から出た意外な言葉に舞い上がるが、
「じゃあ、この後は桐生君と楽しんでね」
 一気に現実に引き戻される。
 これがなけりゃなぁ……とは思うが引き受けてしまったものは仕方がない。
「……努力はしてみるけどね」
 俺は力なく呟いた。


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