011


「あやめちゃん、急用が出来て来れないんだって」
「……そう」
 いつもの事ながら無反応だな。
「でさ、桐生も男2人で遊園地なんてつまんないだろ。このまま帰ってもいいんだけどさ。
 まぁ、どちらかというと俺としてはその方が……」
「……構わないけど」
 ……やっぱり。なんとなくそういう展開になる気はしてたけどな。
 そうとなれば、このままここで立ち尽くしていても仕方がない。ミッション遂行だ。面倒なことはさっさと済ませて帰ろう。
「桐生、何か乗りたいのある?」
「……なんでもいい」
「じゃ、とりあえずメインのアレ行っとくか」
 俺はこの遊園地で1番人気のジェットコースターを指差した。

「待ち時間1時間か。でもココ来たからにはやっぱこれ乗っときたいなぁ。桐生、待つの平気?」
 コクッと頷く桐生。
 俺達は列に並んだ。
 それにしても――あやめちゃんも目立ってたけど、桐生もまた目立つよな。別な意味で。
 背が高いし、それにこの風貌ときたもんだ。
「桐生さぁ、なんでそんな前髪長くしてんの?」
「……鬱陶しいから」
 なら切れよ。
 ダメだ。やっぱ噛み合わねぇ。
 俺と桐生はほとんど会話をすることなく待ち続け――ようやく順番がやってきた。

「後ろか前、どっちにする?」
「斜面での降下スピードやキャメルバックでの浮遊感は後ろ席の方が上。でもループでのGは前の席の方が……」
 な、何だ?急に語りだしたぞ、こいつ。
「……じゃ、後ろ行っとくか」
 喋り続けている桐生に構わず、さっさとコースターの後部座席に座る。
 ブザーが鳴り、コースターが動き始めた。
 
「すげぇ、どこまで上るんだよ。観覧車よりたけぇな」
「97m。コースが長い程、最初の高度が必要だから」
 桐生が冷静に答える。おい、お前怖いとか思わないのか?
 カタカタカタとレールに引き上げられていたコースターが頂上に到達する。
 そして一気に急降下。
「うわぁぁ」
「エネルギー保存の法則。位置エネルギーを運動エネルギーに変換してる」
 はぁ?そんな説明は別に知りたくもねぇんだよ。ってゆーかよく聞こえねぇ。
 急降下したコースターはスピードに乗り、再びレールを上っていく。
「うわぁぁ、また上がるのかぁっ!?」
「車輪の摩擦抵抗や空気抵抗があるから、最初の位置までは上がれないけど」
 回転やひねりを繰り返すこと数分間。やがてコースターにブレーキがかかり、ガクンと揺れて止まる。
「終わった……」
「最後は余剰エネルギーをブレーキで熱エネルギーとして放出して終了」
 淡々と語り終える桐生。息ひとつ乱れていない。
「あのさ……桐生、楽しいか?」
 コクッと頷く桐生。
「……ならいいんだけど」
 
 階段を下りると、出口前のモニターに撮影写真が映し出されている。
 俺と桐生は――あーあ、下向いちゃってるよ。
 なんか面白いことやってるヤツいるかな?
 他の人の写真を眺めていると、画面が切り替わり車両の写真がずれた。
 新しく現れた車両の写真に何気なく目をやる。
「!?」
 一番後ろの席に乗っているのは、間違いない。
 ……あやめちゃんだ。
 しかも両手上げてすっげー楽しそうだ。
 おい、何やってんだよ……。
「桐生、次行こう!次!」
 俺はぼんやり画面を眺めている桐生の背中を押し、その場から引き剥がした。

 待ち時間が長いのは沈黙に耐えられない。
 すぐに乗れるものがいい。
 目の前にあるお化け屋敷。待ち時間ゼロ。っていうか係員が呼び込みしちゃってるし。
 このお化け屋敷のショボさは有名だもんな。
「アレ、入ろうか」

 薄暗い通路を歩いて行く。
 安っぽい効果音。明らかに作り物だとわかるおばけ。
 全然怖くねぇ。桐生の方が怖いくらいだ。
 ダラダラと歩いていると、後方から子供が騒ぐ声が聞こえてきた。
 なんだ?と振り返ると、数人の子供達がはしゃぎながら走ってくる。
「うわっ」
 ぶつかりそうになるのをすんでのところでよける。
「ったくあぶねぇなぁ。こんな狭くて暗いとこ走ると転ぶぞ」
 呟いた途端、前方でバタンと大きな音がして屋敷内が真っ暗になった。
 演出?いやこれは停電だよな。
「申し訳ございません。電気系統にトラブルがありました。すぐに復旧しますので皆さんその場でお待ち下さい」
 アナウンスが流れると周りからざわめきがおこる。
 いくらショボいとはいえ、こんな所に取り残されるのは気分のいいもんじゃない。
 一緒にいるのがあやめちゃんだったら、こんなハプニング、寧ろ大歓迎なのにな。
 不安に怯えるあやめちゃんを「大丈夫だよ」って励ましていい雰囲気になっちゃったり。
 あと、暗闇の中、どさくさにまぎれて胸とか触っちゃったり……なんてのもありかも。
 そんな妄想を繰り広げているうちに電気が点く。
「ちょっとびっくりしたな」
 若干存在を忘れかけてた桐生に話しかける。
 無言で頷く桐生。
 先程のハプニングでお化け屋敷を楽しむっていう気分でもなくなってしまったので、ただダラダラと出口に向かう。
 他の人達もそんな感じだ。
 後ろを歩く男子グループの会話が耳に入ってくる。
「俺、さっき停電中に思いっきり胸触っちゃって」
「ウソ、マジで?」
「しかもすげーでけえの」
「どうせおばちゃんじゃね?暗いとわかんないからいいよな」
「いや、それがその後すぐに電気点いて見たらすっげぇ美人でさぁ」
 ……落ち着け、俺。
 巨乳の美人なんて世の中に掃いて捨てるほどいるはず。
 何もあやめちゃんと決まった訳じゃあ……。
「えっ、どの子?」
「それがさぁ、変なメガネかけて急いで出て行っちゃったんだよな」
 ……絶対あやめちゃんだ。
 ってか何触られてんだよ!!俺だってまだ触ってねぇぞ。
 しかも思いっきりって……。

 はぁ……。なんかひどく疲れたな。
「次は、まぁ休憩がてらアレに乗るか」
 コーヒーカップを指差す。
 のどかな音楽に乗り、ゆっくりと動き始めるコーヒーカップ。
 一息つき、のんびりと景色を眺めていると、視界に見覚えのある人影が現れる。
「!?」
 柵のまん前でこちらに向けて写メと撮ろうと携帯を構えているのは――
 あやめちゃんだ……。
 影から見守るんじゃなかったのか?思いっきり前面に出てきてるぞ、おい。
 メガネもかけてねえし。 
 コーヒーカップはゆっくりと回転しながら徐々にあやめの傍に近づいていく。
 ヤバイ。これは絶対にバレる。
「桐生……」
「……?」
「しっかりつかまってろよ!!」
 俺は真ん中のハンドルを握ると全力で回転させた。

「ゴメン、悪かった。乗り物酔いする方だったんだな」
 コーヒーカップが止まり立ち上がった途端、再び座り込んでしまった桐生を支えるようにベンチに運び、買ってきたペットボトルを手渡す。
「……そうじゃないけど」
 けど?
「……昨日あんまり寝てなくて」
「あ、やっぱ予定とかあったのか?」
 首を振る。
「……楽しみで」
 おい……遠足前の小学生かよ。
 つーかなんでお前らそんなに遊園地が好きなんだ……。 
 携帯が振動する。あやめからのメールだ。
『夏目君ありがとう!ラブラブな2人の姿に、萌えゲージMAX!』
 俺が桐生を支えている写メが添付されている。
「……」
 俺はパタンと携帯を閉じた。
 萌えゲージMAXか。そうか、それは良かったな。
 どんな必殺技が繰り出されるんだろうな。
 ……全くもって知りたくもないけどな。


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