012


「桂、昼休みに屋上で待ってるって玲香ちゃんが言ってたぞ」
 食堂の席に着いた途端、コガタケが言う。
「……なんでそれを今言うんだ」
 前の休み時間も、その前の休み時間も教室で一緒に喋ってたよな。
「いや、玲香ちゃんが『断られないようにできるだけギリギリに伝えて』って言うからさ」
「コガタケ、お前誰の味方なんだよ」
「俺はただ物事が面白い方向に進めばいいと思ってる」
 きっぱりと言い切るコガタケ。お前それでも親友か?
「昼休みに屋上ねぇ……」
 意味深な笑みを浮かべるキク。
「なんだよ」
「気の毒に。また振られるんだな」
「いや、もう振られてる」
 思わず即答してしまう。
「じゃ、復縁だ!」
 と、侑。
 ……多分そうなんだろうなぁ。
 俺は玲香ちゃんに昼休み屋上で4回コクられ4回振られている。
「でも俺、今あやめちゃんと付き合ってるし」
「そんな細かいこと玲香ちゃんは気にしないだろ」
 と、コガタケ。
 いや、そこは気にするべきだろ。最重要事項だぞ。
「でも城ヶ崎さんってものすごく綺麗だけどさ、まともすぎて面白みがなくね?」
 と、いちご牛乳を飲みながらコガタケが言う。
「いや、客観的に見ればかなり面白い人間の部類だと思うぞ」
 巻き込まれている身としては楽しんでもいられないが。
「へぇ」
 意外そうな顔をするコガタケ。
「でもまぁ、手の届かない桐の箱に入ったメロンとお手頃なグレープフルーツ、どっちがいい?って話だよな」
 と続ける。
「桐の箱……」
 なんか笑えねぇぞ、その表現。
「そう言えば侑、桐生って中学時代どんなヤツだった?」
 隣の席の侑に尋ねる。
「うーん、一言で言うとねぇ」
 あのわかりづらいヤツを一言で言い表してくれるのか。それはありがたい。
「女嫌い」
「えっ!?」
 思わず持っていたお茶を取り落とす。
「おわっ」
 慌てて飛びのく向かいのコガタケ。さっとトレーを持ち上げ席を立つ斜め向かいのキク。
 隣の侑が手早く台拭きでこぼれたお茶を片付ける。
「もう桂、気をつけなくっちゃ」
「ああ、ゴメン」
 うわの空で答える。
 そういや桐生、あの超絶美少女あやめちゃんといても全くの無反応だよな。
 そんな桐生に接近しなくちゃいけない俺ってヤバくね?いや待て、女嫌いだからって言って男が好きって決まったわけじゃない。単に人間嫌いって事かもしれないし。そうだ!もしかしたらあいつ宇宙からやって来た地球外生命体で、あの前髪の奥には下から上に閉じる目があって、地球上の生物全てを憎んでて――
「なんかブツブツ言ってるけどさ……」
 コガタケの言葉に我にかえる。
「あんま待たせると玲香ちゃんに怒られるぞ」
「えっ?」
 時計を見るとかなり時間が経っている。俺は慌ててランチをかきこんだ。



「遅い」
 屋上のドアを開けた途端、仏頂面の玲香と対面する。
 いや、俺、ついさっき人づてに聞いた所だし、行くとも行ってないんだけどね――と言おうとするが、
「ゴメン」
 と反射的に謝ってしまうところが悲しい。
「それで用って?」
 まぁ薄々わかってはいるんだけどな。
 玲香はにっこりと微笑む。
「私達、またやり直せないかなって思って」
 ……やっぱりそうきたか。
「運命を感じた相手はどうなったんだよ」
「あぁ、あれは勘違いだったみたい」
 あっさり答える玲香。
 おい、俺はその勘違いのために振られたのか!?
「でも俺にはもう彼女いるし」
 玲香が含みのある笑みを浮かべる。
「城ヶ崎さんよね」
「知ってるならなんで――」
「どうせまだ手も出せてないんでしょ」
 ぶしつけな物言いが気に障るが、ここは冷静に言葉を返す。
「手はつないだ」
 玲香はきょとんとした表情で固まった後、楽しそうに笑い出す。
「幼稚園児だって手ぐらいつなぐわよ」
「俺は高校生らしく清く正しい男女交際を……」
「私にはすぐに手を出したくせに」
「いや、それは……」
 ……反論できない。
 でも君の方からも結構誘ってたと思うんだけどね。
「別にいいけど。私達、カラダの相性はよかったしね」
 小悪魔的微笑みを浮かべる。
「玲香ちゃん……」
 まぁ玲香ちゃんのこんな所も好きだったんだけど。
 でもここはきっぱりと言わなければいけない。
「とにかく、今は彼女がいるから付き合えないから」
「でも、賭けだったんでしょ。」
「えっ?なんで知って……」
「どうせみんなに乗せられて勢いでコクったんでしょ。桂は流されやすいから」
「いや、それは――」
 カッツーン。
 コンクリートの床に何かが落ちる音がした。
 えっ?もしかして誰かいるのか!?
 屋上をぐるっと回って確かめる。
 やっぱ誰もいないよな。
 不意に強い風が吹き、靴の先に何かが当たった。
「ん?」
 ボールペンだ。さっきの音の正体はこれか?
 なにげなく上を見上げると、
「あ……あやめちゃん!?」
 屋上のドアの屋根部分、一段高くなったところにあやめが困ったような表情を浮かべ座っている。
 ――なんでそんな高いところに……。
「じゃ桂、そういうことだから。考えといてね」
 そう言うと踵を返す玲香。
 背後でバタンとドアの閉まる音。
 ……逃げられた。
 屋上に2人きり。無言で見つめ合う。
 どうしよう。降りてきてって頼んだ方がいいのか、俺があやめちゃんの元に行くべきか。
 そんな膠着状態を破るように、キーンコーン……と予鈴がなった。
 下りてきたあやめに、
「あのコレ、あやめちゃんのかな?」
 と、拾ったボールペンを差し出す。
「うん、ありがと」
 微笑み、ボールペンを受け取るとそのまま立ち去ろうとする。
「あの、あやめちゃんごめん!」
「何が?」
「えっと……全部」
「いいよ。慣れてるし」
 微笑みを浮かべながらあやめが言う。
 完璧に綺麗で、でも近寄りがたい城ヶ崎さんの笑顔。
 以前だったらこんな笑顔を向けられたら舞い上がっていただろう。
 だけど今はわかる。これは作り物。感情を押し隠すためのバリアだ。
 ――俺があやめちゃんをひどく傷つけたんだ。
 もうあの無邪気にはしゃいだり、照れたりする姿を見ることはできないのか?
 確かに大和撫子は絶滅したのかもしれない。
 わけのわからない事に振り回されるのも面倒だ。
 でも俺は――
「謝って許してもらえるとは思ってないけど、ただ俺はあやめちゃんと一緒にいて本当に楽しかったし、これからも一緒に過ごしたいって思ってる。確かに始まりはみんなに乗せられてだけど、あんなきっかけでもなきゃ、あやめちゃんにコクるなんてできなかったし、今はホントよかったって思ってる。ひどい事して本当にごめん!できることなら告白やり直したいよ。今は本心で思ってるから。城ヶ崎あやめさん、俺と付き合ってください!って」
 なんか言ってることめちゃくちゃでわけわかんねぇ気がするけど、必死で言い切る。
「賭けには勝ったのよね」
 しばしの沈黙の後、静かな口調であやめが言う。
「……うん」
「じゃあ今日の帰り、何かおごって」
「えっ?あ、あぁ、うん!もちろん!」
 柔らかな微笑みを浮かべたあやめちゃんは、本当に天使のように見えた。

 教室に帰る途中、あやめに尋ねる。
「あの、1つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
 どうしても気になることがある。
「あやめちゃんっていつも昼休みあそこにいるの?」
「うん、雨の日以外は」
「1年の頃から?」
「うん」
 って言うことは……
「もしかしてさっきみたいな場面を今までにも何度か見た事があったりする?」
「うん8回、あっ今回ので9回目かな」
 ……全部だな。
 そりゃ前から俺の事よく知ってるはずだよな。
 でもそんなかっこ悪いとこばかり見られてるのに、なんであやめちゃんは俺と付き合うのをOKしたんだろう。
 うーん、わっかんねぇ。
 ぼんやりとあやめの横顔を眺めていると、
「どうしたの?」
 と、不思議そうに聞かれる。
「いや、なんでもない」
 ……まぁとりあえず深いことは考えなくてもいっか。



 てっきり「桐生君も一緒に」っていう展開になると思っていたので、2人きりなのは意外だった。
 もちろんこれが本来あるべき正しい姿なんだけどな。
 アイスコーヒーにミルクを注ぎ、かき混ぜる。
 昼休みの事があるので若干気まずい空気の中、あやめが口を開く。
「カラダの関係って付き合ってどれくらいであるものなのかなぁ?」
「なっ……」
 思わず手に持ったグラスを取り落としそうになる。
 そ、そんないきなり急展開。
 いや、もしかして玲香ちゃんとの事、責められてるのか?でもあやめの表情や口調からはそんな様子は伺えない。
「……まぁそれは人それぞれじゃないかなぁと思うんですが」
「1年も続けば充分よね」
 ん?なんだ俺達のことじゃないのか?
 あやめがためらいがちに口を開く。
「あのね、小説の中での2人の絡みの部分を書くのを、夏目君に手伝ってもらえないかなって思って」
 ……は?
 何言ってんだ?
「ゴメン、よく聞こえなかったんだけど」
「んっとね、要するに2人のセッ……」
「うわぁぁっ」
 思わず立ち上がり、あっけらかんと言い放とうとするあやめを慌てて遮る。
 店内の客が一斉にこちらに注目する。
 あやめがきょとんとした表情のまま再び口を開く。
「だから2人のね――」
「もう言わなくていい。わかったから」
 聞き間違いじゃなかったのか……。
 俺はへたり込むように椅子に腰を下ろしながら尋ねる。
「……なんで俺に頼むの?」
 正気とは思えない。その思考回路が理解できない。
「私じゃよくわからなくって」
「俺だってわかんねーよっ!!」
 わかってたまるか!
「あのさ、わからないならなにも無理にそういう展開にしなくてもいいんじゃないかな?」
「それはできないの」
「どうして?」
「この連載を始める時に18禁サイトにしちゃったから」
「……は?」
 どんな理由だよ。っていうかちょっと待て。今、確かサイトって言ったよな。
「あのさ、あやめちゃんの小説ってあくまで個人的趣味で書いてるんだよね?まさかインターネットで 全世界に向けて発信してたりしないよね?」
「見てるのはほとんど日本人だよ」
 いや、俺が問題にしてるのはそこじゃないんだ。
 インターネットで公開してるって――
 ただ話のモデルになっているだけだと言っても、さすがにちょっとひっかかるものがある。
 でもまぁ単なる個人サイト、そんなに大勢が見てるわけでもないだろう大丈夫……だよな。
「ところで18禁って言ってるけど、あやめちゃんって17歳だよね」
「作ってる側は関係ないんじゃない?」
 ……そうなのか?
「夏目君」
 いつになく真剣な表情で問いかけるあやめ。
「な、何?」
「18禁サイトにエロがないのって詐欺だと思わない?」
 そ、それは……
「まぁ確かにがっかりするよな――って見てるわけじゃないけどねっ!実際そう思うかもしれないなって話で」
 何、必死になってんだ俺。
「連載が始まってもう1年、多分読者の皆様もそろそろ次なる展開を待ちくたびれてると思うのよね」
 知らねぇよ、そんなこと。一生待たせとけ。
「で、もうすぐサイト設立3周年だし、書くなら今かなって」
「いや、何もエロで祝わなくてもいいんじゃ……」
「でももうサイト開設記念日に書くって宣言しちゃったし」
 おい、何煽ってるんだよ……。
「どうしても書きたいなら他の人が書いてるのをを参考にしたらどうかな」
「パクリは嫌なの」
 きっぱりと言い切るあやめ。
「……ゴーストライターはありなわけ?」
「ゴーストライターじゃなくって――」
 一旦言葉を切り、にっこりと微笑む。
「理解ある協力者」
 おい待て、俺は一瞬たりとも理解した覚えはないぞ。
 この要求はさすがに呑めない。呑めるわけねぇだろ。
 本来なら即効で断るところだが、昼休みのことで若干引け目がある。
「……ちょっと考えさせて」
 もしかして昼休みの時点で関係を終わらせておいた方がよかったんじゃないだろうか……。
 俺は二層に分かれたアイスコーヒーを混ぜる気力もなく、そのまま飲み干した。


トップページ 小説ページ 目次ページ 前のページ 次のページ


QLOOKアクセス解析

inserted by FC2 system