013


「ねぇ、夏休みの予定ってもう決まってる?」
 侑の問いかけに、
「俺は部活だな」
 と、コガタケ。
「俺にはこの夏、最強マシンを組むという使命が」
 と、キク。
「桂は?」
「俺は特に決まってないけど……」
「じゃさ、僕の叔父さんが海水浴場のそばでペンションやってるんだけど、そこでバイトしない?」
 リゾートバイトかぁ。
「海水浴場ってことは住み込み?」
 近隣都市に海はない。
「うん、期間はお盆明けくらいまでなんだけど」
「ふーん。侑はやらないの?」
「僕はうちの店を手伝わないといけないんだよね」
 そっか、侑の家は喫茶店だったよな。
「どうしよっかなぁ……」
 迷っている俺を見て、
「特典として、バイト終了後の8月ラスト1週間は自由にペンション使っていいって。城ヶ崎さん呼んじゃったら?」
 と、悪戯っぽく言う侑。
「城ヶ崎さんの水着姿って凄そうだな」
 コガタケが呟く。
 水着姿……。そう、海といえば水着だよな。
 ビキニが理想的だがワンピースでも構わない。なんならスクール水着だっていい。
 あのサイズは絶対水着におさまりきらないはず。
 ってことは――
 ……あやメロンとの感動のご対面。
 それに期間は1週間。もしかしたら何か起こるかもしれない。
「そのバイト是非やらせてくれ」
 俺は侑の手をしっかりと握り締め言った。



「海?」
「そう、一週間」
「楽しそうね」
 あやめが微笑む。やった!いい反応だ。
「外泊とか大丈夫?」
「うち、両親海外勤務中でいないから」
 おぉ、天まで俺に味方している!
 心の中で大きくガッツポーズする。
「じゃあ夏休みの最終週空けといて」
「あっ……その時期はちょっと無理かも」
「えぇっ?なんで!?」
「記念小説書かなくっちゃ」
 それかよ……。
 あやめの真剣な表情に、「別にそんなもの……」と口に出しかけた言葉を飲み込む。
 海よりエロ小説制作を優先させることには、全くもって納得できないんだが、これは説得できないんだろうな。
「……それが書ければいいの?」
 力なく聞いてみる。
「うん」
「いつまでに?」
「8月29日がサイト開設記念日だからそれまでに完成させたくって」
「小説が出来上がっていれば何も問題ないわけ?」
「うん」
 どうする、俺。これはある意味究極の選択だぞ。
「じゃあもし俺がその小説を手伝って、8月の最終週前までに完成させられたら、海行ける?」
「それは大丈夫だけど……協力してくれるの?」
 あやめの表情がパッと明るくなる。
「うん、まぁ……。でも俺、どんなものを書けばいいのか全く想像つかないんだけど」
「あっ、それならね――」



「うちに来て」
 というあやめちゃんの誘い。しかも両親は不在。
 期待度150%な心躍るシチュエーションなはずなのにひどく気が重いのは――
 なんでなんだろうな。
 そう、俺は参考文献としてBL本を読むためにあやめちゃんの家に行くことになったのだ。

「ここに一人で住んでるの?」
 着いたのは洋風の立派な一軒家。
「うん。昼間はお手伝いさんに来てもらってるけど」
「でも夜とか淋しくない?」
「うん……でももう慣れたかな」
 あやめは玄関のドアを開けながら、
「ただいま」
 と声をかける。
「おかえりなさい」
 迎えてくれたのは当のお手伝いさん。
 おぉ、メイド服が本来の目的で使われているの初めて見たぞ。
「ボーイフレンドですか?」
 お手伝いさんのからかうような言葉に、真っ赤になるあやめ。
 ああ、やっぱ可愛いな。

「ここが私の部屋」
 まさかあやめちゃんの部屋に入れる日が来ようとは。
 あやめはキョロキョロしている俺に向かって、
「で、ここからここまでがBL本」
 壁一面の本棚の3/4くらいの範囲を指差す。
 そうか、目的はそれだったよな。
 それにしても――
 何百冊あるんだよ。コレ。
「全部、持って帰ってもいいよ」
「いや、それは無理だと思う……」
 何往復すりゃいいんだよ。ってか、こんなの家族に見つかったら洒落にならねえし。
 はぁ……。でもとりあえず、読まなきゃだよな。
 ぼんやりと背表紙を追っていくが、全く食指が動かない。
「……たくさんありすぎて選べないから、とりあえずあやめちゃんのオススメを教えて」
「うん、わかった」
 あやめは本棚から数冊の本を抜き出すと、笑顔で俺の目の前に並べる。
 …………。
 なんっていうかどの表紙も――
 ものすごく密着度が高いんですけど。
 はだけてるし、めくれてるし……。
 まぁそういう中身なんだろうな。
 その中で唯一、服を着た2人が離れて立っている表紙のものを手に取る。
 これなら大丈夫そうだ。
 ふとあやめの方を見ると、鞄の中から取り出した文庫本を読もうとしている。
 もしかして――
「あやめちゃんがいつも読んでるのってこういう本?」
「そうだよ」
 ブックカバーを取りこっちに見せる。
 半ケツ……。
 現実って無情だな。
 文学少女城ヶ崎あやめに憧れるクラスメイト達の顔を思い浮かべる。
 ……君達の夢が一秒でも長く続くことを祈ってるよ。

 気を取り直し、手に取った本のページをめくる。
 最初はカラーのイラストページ。
「!!」
 おい、いきなり合体してるぞ!?
 思わず本を取り落としてしまう。
「どうしたの?」
「先制攻撃くらった……」
 まさかしょっぱなから来るとはな……。
 大きく深呼吸し、再びページをめくってゆく。
 …………。
(おい、もっと必死で抵抗しろよ!一生の問題だぞ!流されてんじゃねぇよ!)
(えぇっ?その状況から愛が生まれるのか!?)
 なんとか読み終える。
「……なんかありえない展開なんですけど」
「BLはファンタジーなの」
 ……そうですか。
 とりあえずもう一冊読んでみるか。
 手近な一冊を手に取り、ページをめくる。
(あんなに反対していた兄弟や友人がみんなあっさりホモになってる……。警報レベルもんの増殖力だぞ、コレ)
(てか何ページ続くんだよこのエロ描写……)
 …………。
 パタンと本を閉じ、大きく息をつく。
「……どんな感じのものを書けばいいかはわかった」
「じゃあ……」
「でも俺、文才ないよ」
「それは大丈夫!大体な感じで書いてくれれば、私が仕上げるから」
「それならあやめちゃんが最初から書いても……」
「私はリアルを追求したいの!」
 おい、さっきBLはファンタジーだって言わなかったか?
 床に散らばったBL小説の表紙をぼんやりと見つめる。
 抱き合う男子×男子。
 ……これを書くのか?
 この壁は越えちゃいけない気がする。
 だけど……
 視線を向けるとにっこりと微笑むあやめ。
 はぁ……。
 ため息まじりに落とした視線の先、大きな存在感を示す胸元。
 …………。
「……これさえ仕上げれば、海行けるんだよね」
 もう一度念を押す。
「うん」
 コクリと頷くあやめ。
「……わかった。書いてみる」
「ホント?ありがとう!!」
 ああ書いてやる。書いてやるとも。
 すべてはあやめちゃんの水着姿のため。
 見てろよ、腐女子ども。ものすっごいエロ書いてやるからな!!


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