015


「侑、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なあに?」
「桐生ってその一件の後、告白されてた?」
「しばらくは数人にされてたかな。むしろ今がチャンス!みたいな感じで」
「ちゃんと断ってたよな?」
 ここだけはしっかりと確認しておきたい。
「うん。っていうか声かけられた途端、逃げてた」
 逃げてたって……。
 まぁいいか。逃げてくれれば最高だもんな。



 帰り道。作戦決行の時は来た。
 校門の近くまで来た所で、俺は唐突に立ち止まる。
「あっ、いけない忘れてた!担任から用事を頼まれてたんだった。桐生も手伝ってくれないかな。時間かかると思うから、あやめちゃんは先に帰ってて」
 思いっきり棒読みになってしまったが、まぁ仕方ない。
 桐生を連れて教室に戻るとそっとドアを開け、中を窺う。
 よし!誰もいない。
「桐生、入って」
 逃げやすいようにドアは開けたままにしておく。
 準備は万端だ。
 大きく深呼吸する。
「あのさ、俺……」
 不審そうな表情を浮かべている桐生の顔をしっかりと見据える。
「桐生のことが好きなんだっ!」
 言ったぞ。これで俺は救われる!
「……」
 うつむく桐生。
 さあ、思いっきり断って俺を避けてくれ。
 逃げるならドアも開いているぞ!
 しばしの沈黙の後、顔を上げた桐生がゆっくりと口を開く。 
「……僕も夏目君のこと好きかも」
「えっ?えええっ!?」
 ちょっ、待て。話が違うぞ!?
「いや、あの、俺が言ってるのは友達としてとかそういう軽いノリじゃなくて、恋愛感情を伴った真剣な深い意味での好きなんだけど」
「……ありがとう」
 いや、だから違うんだって!おい、頬を染めるなっ。
「桐生、ちょっと待て。落ち着いてよく考えろ。男の俺が、男のお前を好きだって……」
 背後でドサッと音がした。
 誰かいるのかっ?慌てて振り返ると、
「あ、あやめちゃん!?」
 開いたドア前であやめが取り落とした鞄を拾おうとしている。
 うつむいた肩が震えている。
 泣いてるのか!?急いであやめの元に駆け寄り顔を覗き込む。
 ……笑ってるぞ、おい。
「私、2人のために身を引くわっ」
 今までに見た中で最高の笑顔を見せ、走り去ろうとするあやめ。
「待てっ、引かなくていいっ!」
 俺は振り返り、
「桐生、さっきのナシ!ナシだからなっ!忘れてくれ!っていうか忘れろ!いいなっ!!」
 桐生に向かって指を突きつけると、あやめを追いかける。
「あやめちゃん、待って!あれ、冗談だからっ!」
 はぁ、なにやってんだ俺……。



 ジリリリ……
 目覚ましが鳴る。
 時計を見ると午前2時。何でこんな時間に……まだ半分眠ったままの頭で考える。
 ……そうだ。エロ書くんだった。
 平常心ではとても書けないので、真夜中のテンションに力を借りようという作戦だ。
「さぁ書くぞ!」
 気を奮い立たせるためにわざと楽しげに言ってみる。
 …………はぁ。
「寝てる間にエロ小説書いてくれる小人さんいねぇかなぁ……」
 いや、実際そんな小人がいたらやだよな。大体可愛げなさそうだし。そう、ヒゲとか生えてそうだよな。で、髪型とかこんなんで……。手近にあった紙に落書きし、「エロ小人」とタイトルをつける。おっ、いい感じ。結構上手いじゃん、俺。
 って現実逃避してる場合じゃねぇよ……。
 改めてPCの画面に向かい無心で指を動かすこと数時間。
「出来たっ!」
 なんとか完成したぞ。
 ちょっと短いような気もするが、まぁこれでいいだろう。



「小説出来たよ」
 翌日、早速あやめに報告する。
「えっ、ホント?」
「ちょっと短いかもしれないんだけど」
「どのくらい?」
「WORDで1ページちょい」
「……初期設定で?」
 あやめの表情が曇る。
「えっ?もっとあった方がいい?」
「私も書き加えて増やすけど、せめてその5倍はないと……」
「ご……5倍!?」
「連載3回分ほしいの。3周年だから3回!」
 ……それあんま関係なくないか?
「意外とみんなそれ程期待してないんじゃないかなぁって思うんだけどな……」
 力なく言い返してみる。
「そんなことないわ!告知した途端、感想メールが3倍に増えたもの。楽しみにしてます!って」
 なんなんだよそのエロ集団……。
「……5ページあればいいんだね」
「うん」
「……わかった」
 あれだけ書くだけでどれだけ時間かかったと思ってるんだ。
 いや、これもすべてあやメロンの……
 はぁ……。
 ホント何やってんだろうな、俺。



 朝日が差し込む薄明るい部屋の中、エンターキーを叩く。 
「完成だ……」
 深夜の苦行5日間。遂に書ききったぞ!
 思えば長く辛い道のりだった……。
 読み返す気は全く起きないが、ちゃんと5ページ分ある。質はともかく量は十分なはずだ。
 あとはあやめちゃんが何とかしてくれるだろう。
 メールに添付してあやめに送信する。
 任務完了!
 俺はそのままベッドに倒れこむと、泥のような眠りに落ちた。



「グッモーニン、マイハ……」
「うわわあっ、俺に触るなっ!」
 絡みついてこようとするコガタケを突き飛ばす。
「ど、どうした!?桂?」
 コガタケがあっけにとられた表情で俺を見つめている。
「いや、ゴメン。昨日の夜の事がまだ頭を離れなくて」
「桂……お前一体どんな体験したんだ?」
「いや、それは……」
「桂、コガタケ、おはよー」
 侑とキクがやってくる。
「そういえば桂、城ヶ崎さん海に誘ってみた?」
 侑の問いに、
「うん、来れるって」
 とあっさり答えると、
「ウソ、マジで!?絶対断られると思ってたのに」
 コガタケが大げさに驚く。
「桂、どんな手使ったんだ?」
 キクも驚いているようだ。
「悪魔に魂を売ったんだ……」
 俺は力なく答えると、3人からのそれ以上の追求を避けるように机に突っ伏した。



「あの、小説なんだけどさ……」
 帰り道、桐生と別れると早速切り出す。
「そう!あれ、ありがとう!」
「えっ、もう見たの?」
「まだ流し読みしかしてないんだけど、すっっごくいい感じ!!夏目君才能あるよね!」
「はぁ、そうっすか……」
 ……いらねぇよ、そんな才能。褒められても全く嬉しくねぇ。
「それとも夏目君と桐生君、2人の愛の深さが成せる技かしら」
「……不吉なこと言わないでくれ」
「あっ、今日時間があったらお礼に何かおごりたいんだけど」
「ありがとう。でも今日は早く帰りたいから」
 気持ちは嬉しいけどこの数日寝不足だし、早く家に帰って眠りたい。
 それに俺にはまだやらなくてはならないことが残されている。



 帰宅すると早速PCを立ち上げる。
 こんなの見つかったら大変だ。
 エロ小説ファイルを削除する。ついでに送信済みのメールも削除。
 そしてゴミ箱も空にしてっと。
 よし!この忌まわしい出来事は俺の人生から完全に抹消された。
 俺は大きく伸びをする。
 夏休みまであと1週間。
 あとは楽しいことばかり!……なはずだよな。
 

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