019


 夏休みも終わり、早1ヶ月。
 俺とあやめちゃんの間にも少しの進展はあった。
 ひとつは帰り道、桐生と別れた後、必ず手をつなぐようになったこと。
 あともうひとつは――
 ……俺が小説のエロシーンに、あやめちゃんから聞いたシチュエーションやセリフなんかも織り込めるようになってしまったことだ。
 慣れってのは恐ろしいもんだな。
 さすがに自分の名前を入れられる程までは達観できていないが。
 もちろん、もう2度とあんなものは書かない。そう心に決めたはずだった。
 だったんだけど……
「だって蜜月だし♪」
 と言うあやめちゃんの笑顔に負け……
 書いてしまった。
 しかも、2回。
 さすがにこのペースで書かされちゃたまったもんじゃないので、
「もうサイト開設は充分に祝ったし、しばらくは純愛路線でいかない?」
 と、提案してみる。
「そうね。もうすぐテストだし……。わかった。じゃあ、ケンカさせる」
 いや、いっそのこと別れさせてくれ……。

 それから、またデータが消えて……なんて事になったら困るので、
 書き終わったものはプリントアウトしておくようにした。
 家に置いておいて見つかるとヤバイので、バインダーにルーズリーフと一緒に綴じ込み、持ち歩いている。
 これもちょっと危険な気がするが、俺のノートを見たがるやつなんていないし、まぁ大丈夫だろう。



「今回も勉強会する?」
 テストまで一週間となった帰り道、あやめの提案に、
「お願いします」
 と、頭を下げる。
 あれは「みんなで勉強する会」ってよりは、「俺に勉強を教える会」だ。しかも効果の程は立証済み。
「桐生君は大丈夫?」
 こくっと頷く桐生。
「ありがとう! 鞄持とうか?桐生。あっ、あやめちゃんも」
「いいよぉ」
 笑いながら言うあやめ。無言で首を横に振る桐生。
 助かった……。今回も赤点は免れそうだ。
 
 前回と同じく場所は俺の家。
 今回はサイト開設記念エロ祭で萌えも落ち着いたのか、あやめちゃんの暴走もない。

「……これはこの公式を使うとこうなるから……」
「あっ、そっか。わかった!」
 桐生と俺を見ていたあやめが、
「みんなで同じ大学行けるといいね」
 と、笑顔で言う。
「いや、それ絶対無理」
 即答する俺。
 多少テストの順位が上がったとはいえ、あやめちゃんや桐生には到底及ばない。
 同じ大学なんてたとえ3浪したとしても無理だろう。
「そっか……桐生君、志望校のランク落とす気ない?」
「…………」
 黙りこむ桐生。
「あやめちゃん……人の人生狂わすような提案しちゃダメだよ」
 もしかして、高校卒業後も小説の連載を続けようという魂胆なのか?



 ピンポーン。
 勉強会を終え、帰る2人を見送った数十分後、玄関のチャイムが鳴る。
「誰だろ?」
 階下に降り、ドアを開ける。
「あれ? 桐生どうしたの?」
「……鞄、間違えて」
 桐生の持っている学生鞄を見ると、見慣れた傷がある。俺の鞄だ。
「ホントだ。鞄持ってくるから、ちょっと待ってて」
 桐生を玄関に招き入れると、部屋に戻り、置いてある鞄を確認する。
 確かに桐生の物だ。
「はい、コレ」
 桐生と鞄を交換する。
「……ありがとう」
 用は済んだはずなのに、桐生はその場に立ったまま帰ろうとしない。
「どうした?」
 俺の問いに戸惑いがちに口を開く。
「……レンプラ書いてるのって夏目君だったんだ」
「……え?」
 なんで、その名前を!? しかも愛称で!
 誰かに聞いたのか? それとも、もしかしてあれは世間一般に広く知られているものなのか?
 混乱する俺に向かい桐生は、
「……ノート」
 と呟き、俺の鞄を指差す。
 ノート? もしかしてアレを見たのか!?
 いや、でもアレに書いてあるのってエロの部分だけだぞ。
 多少の状況やセリフは入ってるけど、名前は入れてないし、その後あやめちゃんによってだいぶ書き加えられているから、相当しっかり読み込んでいないとわからないはず……。
 って、もしかして……相当しっかり読み込んでいる……のか?
「……城ヶ崎さんが書いてるのかと思ってた」
 桐生の言葉に慌てて否定する。
「いやっ、俺は書いてない!! 俺が書いてるのは……エロの部分だけ」

「………………なんで?」

 数十秒の沈黙の後、今までで最大の疑問を込めて桐生が言う。
「ホント、なんでなんだろうな……」
 俺だってそう思うよ。
 人生に攻略本があったらなぁ……。
 せめて、セーブポイントだけでも知っておきたいもんだ。
「……どおりでそこだけ妙にリアルだと思った」
 桐生の言葉に、
「体験談じゃないからな」
 と、念を押す。
 それにしても……
「なんで桐生、レンプラ知ってるの?」
 それが最大の疑問だ。
「……自分の名前検索したら、すごくたくさんの小説が……」
 おい、検索避けしてねえのかよ……。
 300話以上もありゃ検索にひっかかる可能性、ものすごく高いじゃねえか。
「……いつから知ってた?」
「……一週間くらい前」
 今更ながらにエロを書いてしまったことが悔やまれる。
「もしかして全部、読んだとか?」
「……面白かったよ」
 いや、そんな感想いらないから。
「……今、ケンカ中で心配なんだ」
 しかも最新話まで読んでるのかよ……。
「あの、あれはさ……」
 桐生に、小説を手伝うに当たってはやむをえない事情があったこと。
 そしてあれはあくまでフィクションであり、決して願望ではない事を切々と訴える。
 理解したのかしていないのか、桐生は黙って聞いている。
「でも、桐生も迷惑だよな。俺からあやめちゃんに名前変えてもらうように言うから」
「……いい。迷惑してない」
「えっ?」
「……また、明日」
 くるっと背を向け、帰ろうとする桐生。
「あ、あぁ」
 呆然と桐生を見送った後、部屋に戻ると力なく携帯を開く。
「あやめちゃん……」
「どうしたの? なつめっち」
 どうしたのじゃねえよ……。
「……今からあやめちゃんの家に行くから、パソコン立ち上げて待ってて」



 よし! 検索避け終了。
 作業を見ていたあやめが申し訳なさそうに口にする。
「ごめんなさい。名前で検索って身近な人ぐらいしかしないから大丈夫かなぁって」
 いや、寧ろ名前で検索するような身近な人に見られたら困るんだ。
「でも、どうしてわかったの?」
「桐生に聞いた。読んでるんだって。レンプラ」
「えーっ、そうなんだ。じゃあ桐生君にも協力してもらおうかな」
 目を輝かせるあやめを遮って断言する。
「いや、エロシーンは俺が書く」
 小説とはいえ自分の名前と同じキャラに好き勝手されちゃたまらない。
 しかも相手は桐生。断らなさそうで怖い。
「ありがとう! よかった、なつめっちが乗り気で」
 いや、決して乗り気な訳じゃないんだけどな……。
 
 でもまぁ、これで数日後には検索結果からあの小説は消えるはず。
 だけど、アレがネット上にある限り、安心は出来ない。
 なんか必ずまた厄介なことが起きるような気がする。
 はぁ……。
 この心配が杞憂であってくれるといいんだけどな。

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