020


「それではアンケートの結果を発表しまーす」
 委員長が声を張り上げる。
 学園祭のクラス企画を決めるため、やりたいものをそれぞれ書いて提出、今その結果を発表しようとしているところだ。
 みんなそれぞれ好き勝手なことをしながら、かったるそうに聞いている。
「……お化け屋敷、プラネタリウム……なにコレ」
 淡々と紙を開き読み上げていた委員長がいぶかしげな表情を浮かべる。 
「黒髪眼鏡喫茶」
 !!
 思わず指の上で回していたボールペンを思いっきり飛ばしてしまう。
 あやめちゃんだ。絶対にあやめちゃんだ。
「誰、こんなの書いたのー」
 ……あの窓際で涼しい顔してエロ小説読んでる人です。
「でも、黒髪は置いといて、眼鏡喫茶ってのは面白いかも。ちょうどうちのクラスにはイケメンメガネ男子が2人もいることだし」
クラスの女子の言葉にみんなの視線が、なにやら問題を解いているらしい桐生と、PC雑誌を読んでいるキクに注がれる。
 当の本人達はそんな視線、全く気付いてない様子だったけどな。
 
 結局、うちのクラスは全員眼鏡着用の眼鏡喫茶をやることになった。
 俺は特に眼鏡萌えってわけではないが、あやめちゃんの眼鏡姿は見たい気がするのでちょっと楽しみだ。
 前も見たっていえば見たんだけど、あれは完全にジョークグッズだったからな。
 
 
 
 昼休みの食堂。
「ミス陵高の受付始まったね」
 侑がキクに話しかける。
「侑、今年も出場するの?」
 と、コガタケ。
 今年「も」っていうことは……
「侑、去年出たの?」
「何言ってんだよ桂、侑は去年の優勝者だよ」
 あきれたように言うコガタケ。
 ちなみにミス陵高っていうのは、まぁ要するに女装コンテストである。
 普通のミスコンじゃつまらないってことで始まったらしいが、ウケ狙いの出場者に贈られるエンターテインメント賞ってのもあって結構盛り上がるらしく、今や学園祭のメインイベントとなっている。
 そういえば去年、今年のミス陵高は超可愛いって話題になってたな。いくら可愛くても男じゃなぁ……って俺は全く関心なかったんだが。
 あれ、侑だったのか。
「今年の賞品は、エンタメ賞が学食のチケット1週間分。でもってミス陵高は東京ディズニーランドペアチケットだって」
「ディズニーランド!?」
「う、うん。そうだけど、どうしたの? 桂」
 地元の遊園地でもあれだけ楽しそうだったあやめちゃん。
 ディズニーランドなんて行ったら、そりゃあもう大はしゃぎのはず。
 見たい。はしゃぐあやめちゃん、めちゃめちゃ見たい。
「俺も出場する!」
 思わず立ち上がり、力を込めて言い放つ俺に侑が諭すように言う。
「でも、1人じゃ出場できないよ。ナイト見つけなきゃ」
「ナイト? 何それ」
「エスコート役。ミスって言うけど実際はチーム戦なんだよね。ペアでの審査になるから人選は重要だよ」
「ふーん。じゃあ、あやめちゃんに頼むか」
「ダメだよ。ナイトは男子限定だから」
「えっ? 普通ミスが女装の男子ならそのエスコート役は男装の女子じゃね?」
 女装と対になるのは男装だろう。
「それだと身長が逆転しちゃって見た目のバランスがイマイチだからって話聞いたけど」
「あと、単純に男同士の方が面白いってのもあるかもな。ウケ狙ってキスするヤツらとかもいるし」
 と、キクが続ける。
 いや、俺には学園祭実行委員の中に潜んでいる腐女子の陰謀だという気がしてならないんだけどな……。
 まぁそれはどうであれ、優勝賞品のチケットは是非手に入れたい。
「ナイトか……」
 呟くと、
「キクはダメだよ。僕のナイトだから。1年前に3年分予約済み」
 と侑が宣言する。そんな侑を見て、
「はいはい、承知しました。お姫様」
 と応えるキク。
 ……なんなんだ、この連帯感。
 っていうかこの2人、3連勝する気満々だ。
「でもまぁ桂は桐生君に頼めるからいいよね」
「いや、桐生はダメだ」
 侑の提案を即時却下する。
 桐生と出場したらたとえ優勝できてチケットをGET出来たとしても、「3人で行こうよ」っていう展開になりそうな気がする。
 いや、むしろそれならまだいい方で、下手したら「2人で行ってきて」なんてことになりかねない。桐生も遊園地好きだし断らないだろう。
 そんなことになったら――
 ……またアトラクションの仕組み聞かされる。
「夢の国は夢の国のままであってほしいんだ……」
「何言ってんだ? 桂」
 怪訝な表情を浮かべているコガタケの手を、がしっと握る。
「頼む、コガタケ協力してくれ」
「は?」
「俺のナイトになってくれ!」
「パス。俺、部活の模擬店手伝わなきゃいけないし」
 無下に俺の手を振り払う。
「1〜2時間抜けるくらいぐらいいだろ」
「ダメだって。いつチャンスがあるかわかんねえし」
「チャンス? なにそれ」
「いや、まぁそれは……。っていうか桐生に頼めよ。どう考えたって桐生の方が適任だろ」
 ダメだ。取り付く島もない。
 
「ほら、ここに詳しく書いてあるよ」
 食堂出口前の掲示板に張られたポスターを指差す侑。
 ミス陵高出場者募集!優勝賞品、東京ディズニーランドペアチケットと確かに書いてある。
 募集要項を見る。内容はさっき侑から聞いたとおりだ。
 下の方に「前回のミス陵高」として侑とキクの写真が掲載されている。
 すげえ……普通にお似合いの男女に見える。雑誌の街角スナップとかに載っててもおかしくないくらいだ。
 だが俺もここで引き下がるわけにはいかない。
「なっ頼むってコガタケ。ナイトやってくれよ」
「だから、嫌だって」
 なおも食い下がっていると、
「コガタケ、ナイトやんの?」
 いきなり後ろから声をかけられる。
「桜庭先輩、あおいさん……」
 コガタケの言葉に振り返ると、サッカー部の先輩らしき人とその彼女だろうか、可愛らしい感じの人が並んで立っている。
「小茅君出るなら最前列で応援しちゃうよ。ねっタケシ」
 彼女の方が笑顔で言う。
「あぁ、もちろん。ってか俺も出ようかな。ミスの方で」
 先輩が答える。
「ダメよ。そんな大量破壊兵器、人目に晒す訳にはいかないわ」
「いや、意外とチャーミングかもしれないぞ。今度試しに……」
「やだぁ、見たくないってばー」
 じゃれあいながら去っていく2人の後姿をじっと見つめていたコガタケが、ぼそっと呟く。
「……やる」
「えっ?」
「ナイトやってやるよ」
「なんでまた急に?」
 さっきまであんなに嫌がってたのに。
「いいだろ別に。それとも桐生に頼むか?」
「いや、マジ助かる。サンキュ」
 どんな心境の変化なのかはわからないが有り難い。
「まぁでも、俺と桂じゃ絶対優勝は無理だと思うけどな」
 既に諦めムードのコガタケに対し、俺は自信満々に言い放つ。
「大丈夫! 強力な助っ人の当てがあるから」



「ミス陵高? あぁエンタメ賞狙いね」
 是非協力してほしいと頼んだ俺に、関心なさそうに玲香が言う。
「いや、本気で優勝、ミス陵高を狙っていく」
 キッパリと言い切る俺の顔をポカーンと見つめていた玲香が一転笑い出す。
「何寝ぼけたこと言ってるのよ。あっでもナイトが桐生君なら微かな望みがないわけでもないか」
「いや、ナイトはコガタケだけど」
 あっさりと言った途端、玲香の表情が強張る。
「……桂、あんたやる気あるの?」
「え?」
「あの侑ちゃんが出るのよ。しかもナイトは菊池君」
 真剣な表情で俺を見据える玲香。
「菊池君以上のイケメンがナイトじゃなきゃ勝てるわけないじゃない。それだってハンデが大きすぎて、まず無理だっていうのに」
 おい、その大きすぎるハンデって俺のことか?
「玲香ちゃん、俺と付き合ってた過去消そうとしてない?」
 そんな俺の問いを無視し、
「私が協力しようがしまいが結果は変わんないわよ。桂、頑張って。応援はしてるから」
 と、背を向けさっさと立ち去ろうとする玲香。俺は慌ててその背中に声をかける。
「もちろんタダでとは言わない。協力してくれた暁には、桐生と食事なんかする機会のセッティングを……」
 玲香の足がぴたっと止まる。
 ゆっくりと振り返る玲香。その顔には満面の笑みが浮かべられている。
「私が桂の頼みを断るわけないじゃない」
 ……許せ、桐生。
「で、何をすればいいわけ?」
「メイクとか、衣装とか。とにかく俺を絶世の美女に仕上げてくれ」
「……私、特殊メイクは出来ないわよ」
「大丈夫! それに近いものがあるから!」
「……」
 とりあえず、玲香ちゃんの協力を得ることはできた。
 最後、思いっきり殴られはしたけどな。



 帰り道、あやめちゃんにミス陵高に出場することを伝える。
「受けが女装……ありがちな展開だけど悪くはないわね」
 ありがちなのか? 俺にとっては想定外の異常事態なんだが。
「相手が桐生君じゃないのがちょっと残念なんだけど、そこは脳内変換でカバーするとして……あっ、それより桐生君がナイトから、なつめっちを奪って逃げるなんて展開がいいかも!」
 それどんな「卒業」だよ……。
「桐生君、一緒に見に行こうね」
 笑顔で語りかけるあやめに、無言で頷く桐生。
「別に見に来てくれなくてもいいんだけどね……」
 下手に盛り上がられて女装エロとか書く羽目にでもなったらやっかいだからな。

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