022


「あっ、ちょっと待って」
 あやめと桐生に声をかけると、ここ数日の日課と化している作業に取り掛かる。
「何枚あるんだよ、コレ……」
 ミス陵高の結果発表ポスター。そこには桐生と俺の写真がデカデカと掲載されている。勿論お姫様だっこ状態で、 『愛の逃避行!』なんていうわけのわからないキャッチフレーズまでつけられている。しかもポスターそのものもデカい。
 それが学校中の至る所に貼られているのだ。
 ……一体何枚刷ったんだ?
 溜息まじりに剥がしたポスターをぐしゃぐしゃと丸めようとしたところで、
「待って!」
 と、あやめから声がかかる。
「それ、欲しい」
「えっ?」
 両手を差し出すあやめを見つめる。
「すみれさんに見せたいの」
 ああ、そっか。確かにすみれさんにはお世話になったからな。
「ありがとうって伝えておいて。で、見せたらすぐに捨ててね」
「えーっ、大切に取っておくよ。あっ、でも1枚欲しいかも。部屋に飾る用と保存用とで」
「……そんなコレクターズアイテムみたいな扱いしなくていいから」
 ポスターを大切そうに抱えながらあやめが窓の外を眺める。
「今、雨降ってるよね。これ、濡れないように、教室に置いてこようかな」
 俺としてはいっそのこと雨に濡れて、スパイメモのように溶けてくれたらいいと願ってしまうのだが。
「やっぱり、置いてくるね。ちょっと待って……」
「城ヶ崎さん」
 不意に背後から声がかかる。
「えっ?」
 振り返るあやめ。
 そこには2人の女子生徒が立っている。誰だろう? 校章バッチの色を見ると同じ学年のようだが名前がわからない。
 あやめちゃんの知り合いだろうか? いや、そうでもないっぽいな。
 女子生徒のうちの1人があやめを射すくめるような目で見つめる。
「レンプラ書いてる白咲アヤって、城ヶ崎さんよね」
 えっ!?
 あやめを見ると、驚きと困惑が混じったような表情を浮かべている。
 そういえば俺と桐生が本名だってことにばかり気を取られていたど、白咲アヤって言うのもかなりわかりやすいHNだよな。
 俺達の事を知っている人が見たら一目であやめちゃんだということがわかるだろう。バレない方が不思議なくらいだ。
「自分の彼やクラスメイトを題材にあんな小説書いてるなんて、ちょっとおかしいんじゃない?」
 責める様な口調。
 いや、実はその彼は創作に協力しているし(しかもエロ担当)、相手のクラスメイトはその小説の愛読者っていう、ちょっとどころではなくおかしい状況になっているのだが――
 それをこの場で説明してもなんの意味もなさそうなのでやめておく。
 どうしたものか……。
 当事者は了承済みなんで大丈夫! とか言ってすむような雰囲気でもなさそうだよなぁ。
 あやめは困ったように視線を伏せている。
 よし、ここはなんとか話を逸らす作戦で行こう!
「そんなことよりさ……」
 努めて明るく切り出した俺の言葉が不意に遮られる。
 聞いたこともない、吸い込まれそうに深く艶のある声に。
「レンプラ、読んでくれてるんだ。ありがとう」
「えっ?」
 驚きの表情を浮かべる2人の女子生徒。
「えっ!?」
 ぱっちりとした目を更に大きく見開くあやめ。
「ええぇっ!?」
 俺は、その声の主がいると思われる方向に恐る恐る目をやる。
 そこには、はにかんだ笑みを浮かべる桐生の姿があった。
 ……誰だ、お前。

「レンプラ、僕が書いてるんだ」
 相変わらず笑みを浮かべたまま続ける桐生。
 呆然としたまま桐生を見つめる4人。
 と、いちはやく我に返った女子生徒のうちの1人が口を開く。
「本当に桐生君が書いてるの? でもそんな……信じられない」
 桐生がクスッと笑う。
「昨日の更新分の砂丘での約束の所、どうだった? あそこは見せ場だと思ってかなり力入れて書いたんだけど」
 砂丘!?
 なんでそんな遠出してるんだ? ってかどんな展開になってるんだよ……。
 力なく、女子生徒達の方を見ると――
 あれ? 彼女達の表情が変わっている。
 彼女達は顔を見合わせ頷くと、我先にと口を開く。
「うん、あそこはすっごく感動した!」
「なんかもう胸が締め付けられる感じで涙出ちゃったし」
 な、なんなんだ?
「レンプラってホント最高! ハラハラドキドキなストーリーで、笑えるし、泣けるし。しかもここ数ヶ月で2人のラブ度もかなりアップで!」
 その後も次々と彼女達から賞賛の言葉が続く。
 桐生はそれをにこにこと微笑みながら聞いている。
「私達、桐生君と夏目君の恋を応援してるから!!」
 ちょっと待て。その言い方、かなり語弊があるんだが。
「ありがとう」
 桐生は興奮気味な彼女達を見つめ、思わず言葉を失うほどの華やかな笑みを浮かべる。
「よかったら夏目君と城ヶ崎さんも読んでみて。面白いから」
「あっ、うん」
 我に返り、慌てて頷くあやめ。
 俺は返事をするにも忘れ、ただ桐生を見つめていた。
 何かがのりうつってるんじゃないだろうかと。
 
「更新頑張ってね!」
 彼女達が笑顔で手を振って去って行く。
「あの子達、レンプラの愛読者だったんだ……。なんであやめちゃんにあんな言い方したんだろ」
「……普通に聞いたら否定するからかも」
 桐生がぼそっと呟く。
 まぁ、確かにそうかもな。普通に尋ねられたら、あっさり否定するか、しらばっくれるかしていただろう。
 それにしても――
 いつも通りの様子の桐生を見て思う。
 この切り替えの早さはなんなんだろう。どこかにスイッチでもついてるのか?
「で、桐生は何であんな事言ったんだ?」
「……あれが一番平和的解決。あと……」
 じろじろと桐生を眺め回している俺を気にも留めず、あやめの方を見て言う。
「……続きが読みたい」
 あやめの表情がパッと明るくなる。
「あっ、うん! いっぱい褒めてもらったし、それはもう頑張って書くから!! ねっ、なつめっち」
 いや、俺は頑張らなくてもいい展開になってくれた方がありがたいのだが。
「そうだ、私これ、教室に置いてくるね」
 あやめがポスターを持った右手を軽く上げる。
 ああ、そうだったな。
「急がなくていいからね」
「ありがとう」

 あやめの姿が見えなくなったところで桐生に声をかける。
「でも、大丈夫なのか? あんな事言って。もし、桐生がレンプラ書いてるって事が広まったりしたら……」
「……多分、大丈夫。あの子達、文芸部」
 そう言いながら桐生は鞄の中から一冊の小冊子を取り出すと、俺に差し出す。
「なにコレ?」
 桐生から受け取った小冊子。裏表紙を見てみると、どうやら今年の学園祭に文芸部が発行した物のようだ。
「……読んで」
 不審に思いつつも小冊子を開き文字を追っていく。内容は恋愛小説のようだ。ようなんだけれども――
「なんかこの登場人物の2人って、ものすごーくキクと侑に似てるような……」
 無言で頷く桐生。
「……前年度のミス陵高のカップリングは一番人気なんだって」
「は?」
 それってどういう……
「……来年は夏目君のも出るかも」
「ええぇっ!?」
 もしそんなことが起こったら――
 人手に渡る前に全部買い占めなくては。
 はぁ……。
 大きく溜息をつくと、手に持ったままの小冊子を桐生に返そうとする。
「……面白かったよ?」
 読んだのか!?
「いや、もうお腹いっぱいだから」

「お待たせー」
 あやめが小走りに戻ってくる。
「じゃあ、帰ろうか」
 頷くあやめと桐生。
 まぁ、なにはともあれ無事に済んでよかった。
 ただ1つ気になることがある。

 ……あやめちゃんのサイトって確か18禁だったよな?

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