026


「クリスマスイブに雪とは、神様も嫌味なことしてくれるよな」
 食堂のテーブルにトレーを置きながらコガタケが言う。
「まったくだ」
 窓の外に視線を移す。舞い散る粉雪。そういえば初雪だな。これ。
「失恋したばかりの桂にとっては、なおさらかもな」
「いや、まだ失恋してない。毎日メールしてるし」
 まぁ終わるのも時間の問題かもしれないけどな。
 キクの言葉に即答しながら、心の中で付け加える。
「それにしても城ヶ崎さんも物好きだよな。周りには金髪碧眼の、桂よりいい男がいっぱいいるだろうに」
「しかも英語ペラペラなんだぜ」
「……それは別に凄くないと思うけどな」
 キクとコガタケの会話をぼんやりと聞きながら、ふと海の向こうの彼女に思いを馳せる。
 空港での一件の後、もう完全に終了だと思っていたのだが――
 翌日PCを開くと、あやめちゃんからメールが届いていた。
 内容は、無事に着きました! 見送りに来てくれてありがとう。みんなにもよろしく伝えておいて下さい。といったもので、最後には、「またメールします」と。
 時間を見ると、どうやら向こうに着いてすぐに送られたものらしい。
 ……そうだよな。べつに別れたわけじゃないもんな。
 ってなわけで、その後も普通にメール交換を続けている。
 とはいっても、近況報告やくだらない世間話ばかりで、恋人同士の甘い言葉のやりとりなどは一切ないのだが。
 まぁ元々それはなかったし、四六時中一緒にいるような密度の濃い付き合いでもなかったのが、こういう状況になってみれば、かえってよかったのかもしれないなとも思える。
 ただやはり、実際にその姿を見たり、触れたり出来ないのは淋しい。
 教室でもあやめちゃんが座っていた窓際の席につい目をやってしまう。
 いつかきっと……会いに行こうと思う。数年先になるだろうが。その時まで俺達の関係は続いているんだろうか。
「ねぇ桂、時差ってどれくらいあるの?」
 侑の言葉に不意に現実に引き戻される。
「えっ? ああ、マイナス14時間。だから今は……23日の午後10時くらいだな」
「あっちってサンタが海パンでサーフィンしてるんだよな」
「いや、俺もそう思ったんだが、それはどうやら南半球のオーストラリアとからしい。『それは違うよー』ってあやめちゃんから世界地図が添付されたメールがきた」
 キクが、呆れた表情で俺とコガタケを見ている。
「そういやあやめちゃん、クリスマスカード送ってくれるって言ってたんだけど、まだ届いてないな……」
 向こうも雪が降っていたりするんだろうか。
 そういえば、あやめちゃんの件でひとつ気になっていることがある。
 それは――
 エロの依頼。
 こいつがなぜかさっぱり来ないのだ。
 いや、決して書きたいわけではない。
 だが、あやめちゃんとの関係の中で、決して避けては通れなかったものが、見事にスルーされているのは非常に気になる。
 とはいえ、下手に自分から切り出して「じゃあ、お願い!」って事になっても困るので聞けないでいるのだが。
「なぁ桐生、レンプラってどうなってる?」
 隣で黙々と食べ続けている桐生に小声で尋ねてみる。
「……終わった」
「えっ? ウソ、マジで!?」
 あれはあやめちゃんのライフワークのようなもので、永遠に終わらないものかと思っていたんだけどな。
 でもまぁいつかは終わるよな。環境が変わって萌えも失せたといったところなんだろうか。それにしてもあやめちゃん、そんな事なにも言ってなかったのに……。
「どんな終わり方したんだ?」
 もしかして、話せないような終わり方とかしたのか? まさか結婚とかしてねえよな。
「……夏目君が――」
「そうだ桂、玲香ちゃんがお呼びだぞ。『昼休み、屋上に来て』だとさ」
 桐生の言葉を遮るように、コガタケが言う。
 ……おい、またかよ。
「だから何でそれを今、言うんだって……」
 コガタケに文句を言うも、
「俺は確かに伝えたからな」
 と、さらっとかわされる。
「このタイミングとは、さすが玲香ちゃん策士だな」
 感心したようにキクが言う。
「ホントに俺なの? 桐生じゃなくて?」
 桐生の肩がビクッと震える。
「桂をご指名だ」
 きっぱりと答えるコガタケ。
 しかもこの天気に屋上って……
「雪、降ってるんですけど……」
「寒いんだから待たせるなと仰せだったぞ」
 ……そりゃ寒いだろ。
 ったく――
 コガタケを恨めしそうに見やり、席を立つ。
「いってらっしゃい」
 笑顔で手を振る侑に見送られ屋上に向かう。



 今までなんだかんだで言いなりになってきたけど、今日こそはハッキリと言ってやるぞ!
 階段を乱暴に踏みしめながら上がり、鉄製のドアを勢いよく開ける。
「玲香ちゃん! 俺にはあやめちゃんというれっきとした彼女がいるから――って、え……?」
 そこには「桂、遅い!」と不機嫌な玲香ちゃんが立っているはずだった。
 だが、顔を上げた俺の目に映ったのは――
「……あやめちゃん? なんでここに……」
 これは夢か? それともCGなのか?
 白いコートを着たまるで雪の妖精のようのようなその姿は、まさに城ヶ崎あやめちゃんその人なのだけど、でも彼女はまだ23日の10時な国にいるはずで……。
「これ、渡そうと思って」
 あやめがバッグからなにやら取り出し、呆然と立ち尽くしている俺に差し出す。
 寒さのせいかその頬には、いつもより赤みがさしているように思える。
「何? これ」
「クリスマスカード」
「えっ? わざわざこれのために!?」
 驚く俺にあやめは軽く笑いながら首を振る。
「ううん、転入手続きがあったから。そのついでに」
「そっか、転入手続き――」
 って、ええっ!?
「あやめちゃん、もしかして戻ってくるの!?」
「うん」
 少し照れたように頷くあやめ。
「ど、どうして?」
 込み上げてくる喜びを押さえつけながら尋ねる。
 信じられない。こんなことがあるなんて。
「空港でのなつめっちを見て思ったの」
 まっすぐに俺を見つめるあやめ。
 空港での俺……。そうか、やっぱり俺の想いは伝わったんだ! 捨て身の作戦大成功! やっぱり俺の判断は正しかったと――
「リバもありかなって」
 は?
「……なんすか。ソレ」
 聞きなれない単語。目を輝かせるあやめ。  ……ろくでもない予感がする。
「受け攻め交代。むしろその方が理想的かも。第2部は、ヘタレの逆襲、下克上! な展開で行こうと思うの!」
 ……どうしたものだろう。
 やっぱり理解できない。興味ももてない。しかもなんか失礼だ。
 ってか第2部あるのかよ。
 ったく何が理想的だよ……
 これが他の女子だったら、失礼しましたーとさっさと退散するところだ。
 だが、相手はあの城ヶ崎さん。
 しかも妙な理由を引っさげて帰ってきて、なぜだか今、俺の目の前にいる。
 もしかしたら2度と会えないかもしれないと思っていたのに。
 君子危うきに近寄らず? いや、もう頭の先までどっぷりと浸かってしまっている。
 この佳麗な彼女の描く泥沼に。
 おいコラ、可愛けりゃ何しても許されるってわけじゃねえぞ。
 でもまぁ……
 レンプラ第2部の構想を熱く語り続けるあやめを見つめる。
 ……俺は許すけどな。
「あやめちゃん、いつ戻ってくるの?」
 あやめの話が途切れた瞬間を狙い尋ねる。
「え? あ、まだはっきりとは決まってないんだけど、始業式のちょっと前くらいになると思う」
「日にち決まったら教えて。空港に迎えに行く」
「ありがとう。お母さんも会いたがってたから喜ぶと思う」
 しまった。その問題が残されていた……。
「……お母さん、何か言ってた?」
 恐る恐る尋ねる俺に、あやめは悪戯っぽく笑みを浮かべ答える。
「アメリカでは同性同士結婚できるわよって」
 やっぱり思いっきり誤解されてる……。
「……あやめちゃん、俺のことなんて説明したの?」
「理解ある協力者!」
 俺の顔を見据え、きっぱりと言い切るあやめ。
 ああ、やっぱそういう位置付けなわけね。
 まっそれでもいっかと苦笑を浮かべる俺にあやめが続ける。
「そして――」
 一瞬視線を落とした後、顔を上げると、はにかんだ笑みを浮かべる。
「ものすごく大好きな人」
「えっ……?」
 その言葉を頭の中で繰り返しながら、あやめちゃんの顔を見つめる。
 そのCGで作られたように端正な顔立ちをただ呆然と。
 あやめちゃんの顔がさっきより赤みを増している気がするのは、寒さのせいなんだろうか。
 ってかこれ本当に現実なのか?
 実は屋上へ向かう階段を足を踏み外して落ちていて、目が覚めたら保健室で、玲香ちゃんに「ばっかじゃないの?」とか言われるオチとか。
 ぐるぐると思考を迷走させる俺を、あやめちゃんはただ微笑みながら眺めている。
 ああもう夢でも構うもんか。抱きしめた瞬間、その姿がかき消えてしまったとしても。
 意を決し、一歩足を進めた途端――
 予鈴がなる。
「行かなくっちゃ」
「……そうだね」
 あやめの言葉に力なく答える。いつもこんなタイミングだよな……。
「あやめちゃん、学校終わった後、会える?」
「ごめんなさい。今日は色々用事があって。明日一度向こうに帰らないといけないから」
「そっか……」
「でもまたすぐに会えるから」
 言いながら左手をさしだすあやめ。
 その冷えきった手を取り、一緒に階段を下りる。
「……じゃあ、また」
「うん、またね」
「……」
「……」
 2人顔を見合わせ笑ってしまう。
 別れの言葉を交わしつつもお互い手を離そうとしない事に。
「ったくなにやってんのよ、あんた達。ばっかじゃないの?」
 背後から聞きなれた声。慌てて繋いだ手を離し振り返ると、玲香があきれた表情を浮かべ立っている。
「あっ、橘さん、ありがとう」
 礼を言うあやめに軽く手を振り玲香が答える。
「いいわよ。お礼は桂にしっかりしてもらうから。わかってるわよね? 桂」
「ああ、大丈夫。まかせとけ」
 ……悪いな、桐生。
「さっ、教室戻るわよ。授業始まっちゃう」
「そうだな。じゃあね、あやめちゃん」
「うん」
 そして俺は教室に向かう。
 笑顔のあやめちゃんに見送られなが――
「もう、さっさと歩きなさいよ、桂。私まで遅刻しちゃうじゃない」
 ……相変わらずな玲香ちゃんに急かされながら。



「そういえば今日俺、学校であやめちゃんに会ってさぁ。戻って来るんだって、こっちに。」
 雪も止んだ帰り道、俺は隣を歩いている桐生に話しかける。
「……そう」
 全く表情を変えない桐生。
「あれ? 何で驚かねえの?」
「……そうなると思ってた」
「えっ? なんで!?」
 桐生は俺の顔をちらっと見やるが、質問に答えようとする気配はない。
 なんでわかったんだ?
 あやめちゃんと連絡とってたってことはありえないし、こいつ予知能力でもあるのか?
 もしや、本当に宇宙人……。
 相変わらず何を考えているか窺い知れない、その無表情な顔を見つめる。
 まっ、いいか。
 それよりも――
「桐生、折り入って頼みがあるんだけどさ……」
 無言で視線を向ける桐生に向かい両手を合わせる。
「一緒に空港に行って、あやめちゃんのお母さんの誤解を解いてくれ」
「……」
 立ち止まり俺の顔をじっと見つめる桐生。
「なっ、桐生も困るだろ。俺達が付き合ってるなんて思われてたら」
「……いい。別に困らない」
「え……ええぇっ!?」
 桐生は立ち尽くす俺を置いて、大きなストライドで歩き出す。
「いや、ちょっと……困らないって……待てって。桐生」
 数メートル先でぴたりと足を止める桐生。
 ?
 なんか肩が微かに震えているような……。
 おい……。
「桐生、笑い事じゃないんだってば。これは俺にとって極めて重大かつ深刻な問題であって――」
 再び歩き出す桐生の後を小走りに追いかける。
 必死に笑いを噛み殺している桐生に追いつくと、その頭を小突く。
「そーいやさぁ、レンプラってどういう風に終わったの?」
「……読めばいいのに」
 あっさりと答える桐生。
「いやまぁそれはそうなんだけど――ってか、桐生よく読めるよな。自分が関係してる話なんて」
 しかもホモ小説でエロありだぜ。
「……今は僕と夏目君の話っていうよりは……でも面白いよ」
 面白い。ねぇ……。
「まっ、気が向いたら読むかな」
 そんな日ははたして来るんだろうか。
 天を仰ぐと大きく弧を描く飛行機雲が目に映る。
 まぁとりあえずは――
 俺は小さく肩をすくめる。

 ……18歳になってからだよな。

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