More Sweet Valentine


 2月14日。いつもと変わらないようでいて、でも校内には微かな緊張感が漂っている。
 そう、今日はバレンタイン。まぁ俺にはたいして関係ないんだけどな。
 教室の前にも、チョコレートっぽい包みを持って困ったように立っている女子生徒がいる。
 1年生か。実に初々しい感じだ。
「誰探してんの? キク? それとも桐生?」
 声をかけると、ほっとしたような表情を浮かべ、消え入りそうな声で答える。
「……菊池先輩です」
「おーい、キクー」
 教室内のキクに向かって呼びかける。コガタケと侑と喋っていたキクは、こちらを見ると了解といったように軽く頷き立ち上がる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。頑張れよ」
 女子生徒に言葉を返す。まぁ個人的にあまりお勧めはしないんだけどな。
 
「おはよー。うわっ、すげえ」
 キクの席、足元に置かれた大量のチョコレート。
「あそこにもっとすごい人いるけどね」
 侑の視線の先にはチョコレートに囲まれ、この世の終わりのような表情を浮かべる桐生の姿。
「神様ってホント不公平だよな。でも別にチョコレートなんてもらえなくてもいいよな、コガタケ」
「俺、もらったけどな」
 心の友に語りかけるもあっさりと返される。
「ええっ!? 誰に」
「別にいいじゃん。それよりキクが笑顔って怖すぎ」
 コガタケの言葉に廊下を見るとキクが女子生徒と談笑している。優しい笑みを浮かべるその姿は、中身を知らない人から見ればリアル王子様のようだ。
「なんか企んでそうだよな」
「営業活動だって」
 俺の呟きに侑が答える。
「なにそれ」
「ミス陵高、今年こそは桂に負けないって」
 だから、俺もう出ないって。ってか何がお前らをそこまで駆り立てるんだ……。

「あっ、キクおかえりー」
 席に戻ってきたキクは侑の言葉に軽く手を上げ応えると、机の上に置かれた付箋になにやら書きこみ、貰ったチョコレートに貼り付けて足元の紙袋の中に入れる。実に手馴れた手つきだ。
「何書いたんだ?」
 キクに尋ねる。
「その子の特徴。書いとかないと誰からかわからなくなる」
「……すげー」
 俺には理解しようもない世界の話だ。
「桂は城ヶ崎さんからもらえるんだからいいだろ」
「うーん、でもあやめちゃん、バレンタイン企画やるとかで忙しそうだったからな……」
「企画? なんか大掛かりだね」
 侑が不思議そうに言う。
「手伝ってほしいって言われたんだけど、『私を食べて!』的な企画だったから遠慮しといた」
「何で!?」
 3人の声が揃う。
「いや、出来るなら協力したいとは思ったんだけど、裸にリボン巻かれたイメージイラストが届いた時点で心が折れた。アレは無理だ。ありえねえ。ってかあいつら一体何を期待してるんだ……」
 呆気に取られた様子の3人。
「……城ヶ崎さんって意外と大胆なんだね」
 侑の言葉に頷くコガタケとキク。
 と、廊下から「けっいー♪」と、聞き慣れた声がする。
 おっ、来たな。
 俺は即座に立ち上がった桐生に駆け寄る。
「おい、逃げるな桐生」
 襟首を掴む。
「俺は玲香ちゃんに多大な借りがあるんだ。桐生、頑張って返してくれ」
「……なんで……」
 必死で抵抗する桐生を引き摺るように廊下に連れ出し、玲香の前に突き出す。
「玲香ちゃん、お待たせ」
「ありがと、桂」
 玲香は笑顔浮かべ、桐生に大きな紙袋を差し出す。
「はーい、桐生君。ハッピーバレンタイン♪ケーキ焼いてきたの」
 桐生は怯えきっている。
 ってかこれって……
「……なんか俺の時より気合入ってね? 大きさとか見るからに違うんだけど」
「遠近法のせいじゃないかしら」
 しれっと返す玲香。
 なんなんだ。その意味不明な理由。
「いや、俺の時って確か市販の――」
「あぁもう、じゃあ桂も食べていいから、その代わり――」
 玲香が桐生の席に山積みにされたチョコレートをチラ見しながら耳打ちする。
「桐生君に絶対に食べさせてね」
「大丈夫、どんな手を使ってでも食わせるからまかせとけ」



 学校帰り。あやめちゃんの家。
 あやめちゃんに玲香ちゃんのケーキのことを話したところ、じゃあうちで食べる? ってことになったのだ。
 いつものようにメイド服のすみれさんが笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい。彼氏の夏目君とその彼氏の桐生君」
 いや、すみれさん、その認識大きく間違ってます。

 あやめちゃんの部屋に通される。「お皿とかフォークとかいるよねー」とパタパタと歩きまわるその姿が実に愛らしい。
「じゃあ早速開けるね」
 ケーキの箱を開けるあやめ。そしてその中から現れたのは――
「……すげえな、コレ」
 桐生クンLOVEと大きく書かれたハート型のチョコレートケーキ。
 当の桐生は固まったまま微動だにしない。
「おーい桐生、生きてるか?」
 目の前で手をちらつかせると、我に返った桐生がすがるような視線を向けてくる。
 確かにこれはきついな。ってか桐生甘いのダメなんだよな。
「まぁとりあえず一口は食っとけ。ほら桐生、口開けろ」
 渋々従う桐生の口にケーキを放り込む。
 携帯カメラのシャッター音。
「撮れた?」
「うん! バッチリ。玲香ちゃんに送信しとくね」
「あぁ、サンキュ」
 メールを打つあやめ。
「あっ早速返事来た! ありがと。あやめも食べていいわよ。だって」
「じゃ、俺達も食べるか」
「あっ、待って! もう1枚。自分用にデジカメで撮りたいの」
 お願い! と、あやめが手を合わせる。
「はいはい」
 仕方がねえな。
「協力してくれ。桐生」
 俺の言葉に困ったような表情を浮かべつつ口を開ける桐生。
「ちょっと待ってね。撮影サイズを12Mに変更して――」
 ……おい、ポスターにでもするつもりか?
「はい、準備完了!」
 響くシャッター音。
「すごくいいの撮れた! ありがとう!!」
 満面の笑顔を浮かべるあやめ。そういえば今まで俺一人の写真を希望されたことがあっただろうか。
 いや、いいんだ。深くは考えるまい。あやめちゃんが喜んでさえくれれば――
「それから私からもコレ。はい、なつめっち」
 へこみかけているところに綺麗にラッピングされた紙袋を手渡される。
「あ、ありがとう」
 マジ嬉しい。まさかあやめちゃんからチョコレートをもらえる日が来ようとは。
「あと、これは桐生君に」
 桐生の前にドサッと置かれた紙袋。
 ……おい、明らかに大きさ違わねえか? あやめちゃんと付き合ってるのって俺の方だよな。
「それ何?」
 これは探りを入れずにはいられない。
「私のオススメBL小説をセレクトしてみたの。選びきれなくてちょっと多くなっちゃったんだけど」
「……ありがとう」
 嬉しそうな桐生。本当にいいのか? それで。
「なつめっちもこっちがよかった?」
 いや、チョコレートがいいです。大きく首を横に振る。
「桐生君には今回バレンタイン企画で色々お世話になったから」
「えっ?」
 なんだ、それ。
「私1人だとどうしても行き詰っちゃって、桐生君に協力してもらったの」
 ちょっと待て。それってつまり――
「も、もしかしてエロ書いたのか? 桐生」
「……あそこまで凄いのは書けない」
 いや、俺も好き好んで書いているわけじゃあないんだ。
「なつめっちのはある種、才能だと思うの。あれを超えられる人ってなかなかいないと思う」
「……うん。本当に凄いと思う」
 ものすごく褒められるのに全然嬉しくないのはなんでなんだろうな……。
「で、完成したバレンタイン企画なんだけど、これがまた評判よくって絶賛の嵐!」
 あやめのノートPCを嬉しそうに覗き込む桐生。
 楽しそうだな。お前ら……。
「なつめっちも読む?」
「いや、いいっす」
 片手を軽く上げ断り、玲香ちゃん作のケーキを口に入れる。
 甘い。ものすごく甘い。
 あーあ、俺とあやめちゃんがこれくらい甘い関係になれる日ははたして来るのだろうか。
 ため息混じりにあやめちゃんからもらった紙袋を隙間から覗いてみる。綺麗にラッピングされた箱の上に「桂君へ」と書かれたメッセージカード。
 …………。

 まぁ、ちょっとは進展しているのかな。

10000hit&キャラ投票御礼のSSです。
1位だった桐生君の出番多めな感じで書いてみました!


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