12月24日俺のもとに七面鳥がやってきた。


 今日は12月24日。言わずと知れたクリスマスイブ。リア充達の祭典。
 そして俺は遂に今年、まるで別次元の出来事のように思っていたこのイベントに初参戦を果たすこととなったのである。
 思えば長い道のりだった。
 今までずっと俺はこの聖なる日をPCの前で過ごしてきた。
 一昨年は美少女ゲームキャラと。
 フルパラメータカンスト。まさにパーフェクトな彼女と甘い言葉を交わすイブ。
 ……素晴らしかった。
 また去年はネットの掲示板で「サンタのコスプレで街中を超高速で走る」という、どこかのトンネルに出没するばあさんのパクリじゃね? ってな巨乳美少女の話題に盛り上がった。
 これはネタとしての完成度の高さもさることながら、この子がホントに可愛く、俺は賞賛のレスをしまくり、画像も大量に集めた。「俺の嫁フォルダ」に初めて3次元女子の画像が追加された記念すべきイブ。
 ……満足だった。
 しかし、今なら言える。その満足はまやかしであったのだと。
 どんなに可愛いかろうが所詮JPEG。現実の彼女、レナちゃんにはかなわない。
 
 今日という日を最高に演出するための準備は万端。リハーサルは3回した。
 BGM、題して「ナオとレナのトキメキ・ミラクル・ホーリーナイト☆」は編集に5日間も要した8時間に及ぶ大作だ。今日のスケジュールはすべてこのBGMに乗って進行する。
 部屋はイルミネーションきらめく流星パラダイス状態。隅では電飾のトナカイが左右に首を振っている。
 決めゼリフ「この部屋と同じくらい、レナも輝いているよ」を言うタイミングもバッチリだ。ちなみにその瞬間一旦全ての照明が消え、再び更にパワーアップした照明が点くのと同時に「恋人たちのクリスマス」が流れる手はずになっている。
 ヤバイ、完璧すぎ。グッジョブ俺。
 
 レナちゃんはただ今バイト中。寒空の下、チキンを売っている。
「もうすぐ終わりまーす」
 というミニスカサンタ姿の写メが届いた途端、
「タクシー代出すからそのまま来て」
 と即座に返信した俺に隙はない。
 怖いくらいすべてが順調だ。
 意味もなく部屋の真ん中でクルクルと回る俺の耳に玄関のチャイムの音が届く。
 あれ? レナちゃんもう着いたのか?
 慌てて玄関に走り、ドアを開ける。
「レナちゃん!」
 ん? 誰もいない。
「悪戯かよ……」
 ドアを閉めようとした瞬間――
「メリークリスマース!」
 足元から聞こえる能天気な声。思わずそちらに目を向けた俺は――
 ……。
 静かにドアを閉める。
 浮かれすぎて、幻影でも見たのだろうか。
 なんか黒くて変な顔した大きな鳥が、サンタの帽子かぶって白い袋持って「メリークリスマース!」とか言ってた気が……
 鳥がメリークリスマス……
 大きくかぶりを振る。
 何言ってんだ、俺。鳥が喋るかよ。ピンポーンって人の家を訪ねてくるかよ。
 そんなことより、今日の進行の最終チェックをしなくては。余計なことにかかずらっているヒマなんてないのだ。
 部屋に戻ろうと足を踏み出した瞬間、
「ナオさーん。ソエジマ ナオさーん」
 ドアの向こうから聞こえる声。
 ……呼ばれてる。確かに俺の名前を呼ばれてる。
 好奇心は身を滅ぼすもの。わかってはいるのだけど――
 覗き見ようとドアをそーっと開けた途端、隙間から勢いよく差し込まれる首。
「うわっ!」
 顔、こえーよ。マジで。
 思わず怯んでドアから手を離した隙に、そいつは強引に家の中に押し入ってくる。
「な……なんなんだよお前」
 何が起ころうとしてるんだ? わけがわからない。ただ、とてつもなく嫌な予感がする。
「ご当選おめでとうございまーす!」
「は?」
 なんだって?
「全国1億2千万人の中から選ばれたあなたに新鮮な七面鳥をプレゼント! もう煮るなり焼くなり好きにしちゃって☆」
「えーと……」
「ちなみに私のオススメは丸焼きです。必要な材料もすべて持ってきました」
 担いでいた白い袋をどすっと下ろす。開いた口からコロコロッと転がり出る玉葱。それを素早く片足で踏んで止めながら得意げに言うそいつ。
「……お前、七面鳥?」
 恐る恐る聞いてみる。俺は実際に七面鳥を見たことはない。だが話の流れからするとその疑いが濃厚である。
「ええ」
 大きく頷く七面鳥。
「ってことは、まさかプレゼントって……お前?」
「はい、いかにも!」
 ぐいっと胸を突き出す。
「……辞退するわ。帰って」
「ま……待って下さい! 私、今日のために厳しいトレーニングを積んできたんです! 見てくださいこの胸筋! 立派でしょ。それに私、先日の陸上競技会ではな・ん・と・優勝したんです! 新聞に『時速32キロの壁を越えられるか!? 期待の新星!』って紹介されて。あの時は嬉しかったなぁ。記事見ます?」
「いや、いい。興味ない。それに俺には鳥をさばく技術もない。帰って」
 冷たく言い放ち、追い出そうとする俺に七面鳥は食い下がる。
「心配には及びません! その方法についてはしっかり暗記してきました。私の言うとおりにするだけで美味しい七面鳥の丸焼きの出来上がり!」
「……ほんとかよ」
「疑ってますね。なら説明しましょう。まずはですね、私の首をひとおもいにクイッと。ここは躊躇わず思い切ってやってください。そして私が息絶えましたら――」
 揚々と語る七面鳥を遮る。
「その続きどうやって説明する気だ?」
 動きを止める七面鳥。
「えーっと……いやその……まぁなんとかなりますよ。気合で」
「……わかった。俺はお前を食ったことにする。あー美味しかった。満足、満足。だから帰って」
 俺の言葉に七面鳥はキッと顔を向ける。
「私の固い決意と努力を無駄になさるおつもりですか? 遺書だって用意してきたんです。ほら、ちゃんとここに」
 足をクイッと捻り、赤いリボンで結ばれた筒状の手紙を見せる。
 ……お前は伝書鳩か。ってかなんでそれを持参してきてるんだ。食われた後どうするんだ。それ届けるの俺の役目か?
「ってか、ホント帰れ。今からレナちゃんがチキン持ってやって来るんだから」
「クリスマスにチキン? フッ……」
 小馬鹿にするように鼻で笑う七面鳥。
「なんだよ。文句あるのかよ」
「そんな鳥を見る目のない彼女、別れた方がいいですよ。きっと人を見る目も……おっと失礼」
 ……こいつ、本気でしめてやろうか。いや、それじゃヤツの思うツボだ。
「いいかよく聞け。俺は忙しい。お前に関わっている暇なんてないんだ。俺には本日、最重要ミッションを遂行する責務がある。これはなんとしても成功させなければならない。俺はその準備のために持てる労力、情熱、時間の全てを、費やしてきたんだ――」
 心血を注いだ3ヶ月の軌跡を滔々と語る。それは10分以上にも及んだ。話が終わると、大きく頷く七面鳥。
「……わかりました。どうぞお2人でクリスマスを楽しんで下さい。私の件はその後で結構です。私、部屋の隅でじっとお2人を見守っていますから」
 全然わかってねえじゃねえか。どんな罰ゲームだよ、それ。
「本日19:00開演のスペクタクルなドラマチックラブストーリーにお前の出番は一瞬たりとも存在しない。それに――」
 七面鳥の脚を指差し、きっぱりと言い放つ。
「レナちゃんは鳥の脚の鱗みたいなヤツが苦手なんだ!」
 俯き自分の脚をじっと見つめる七面鳥。
「……靴下履きましょうか?」
「は?」
「いや、むしろ靴下に入っちゃいましょうか。クリスマスだし。私がプレゼントよ的な♪」
 自分の言葉にククッと笑う七面鳥。
 ……ぜんっぜん面白くねえ。
「ってかマジ迷惑だから帰れって!」
 玄関のドアを開け放つ。
「さっさと外に出ろ。殺っちまうぞ」
「ひどい! あんなに私の事好きって言ったじゃないですかぁ」
 なに訳のわからないこと言ってやがる。あぁもうこうなったら実力行使だ。
 七面鳥を担ぎ上げようとした途端、近くでぐしゃっと何か物を落としたような物音がする。
 思わずその方向に目を向けた先には――
「レナちゃん!」
 そこにはタクシーから降り立った状態のまま固まる、ミニスカサンタなレナちゃんの姿。
 足元にはぐしゃりと潰れたチキンの箱。
「ナオくんひどい……」
 見開かれた瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 え? 何? なんで? 状況が全くつかめない。ただものすごくヤバイ状況なのだということははっきりとわかる。
 レナちゃんの視線の先。七面鳥。
 原因こいつ? なんで……あっ、脚? もしかしてこいつの脚が嫌なのか?
「レナちゃん大丈夫! コイツ今、靴下履くって言ってるから――」
 駆け寄る俺から逃げるように再びタクシーに乗り込むレナちゃん。
 目の前で閉められるドア。
「早く出してください!」
 レナちゃんが運転手に向かって叫んでいる。
 ええっ!? なにこの展開。
 急発進するタクシー。
 俺は追いかけることも忘れ、ただ呆然と見送る。
 なんだ? なにがいけなかったんだ?
 俺はなにもしてないぞ。ってことは――
 ゆっくりと振り返ると、被疑者はなぜか着替えの真っ最中だった。
「いやはや私としたことがレディにとんだ失態を」
 なんて言いながらサンタの衣装に翼を突っ込んでいる。
「……おい、お前。理由を話せ」
「なんのことですかぁ?」
「だから! なんでレナちゃんがあんな反応みせたかの理由だよ!」
 しらばっくれる七面鳥に詰め寄る。
「えーっと……多分、私の姿を見て驚かれたのではないかなーと。やっぱ鳥ると通報されちゃったりするんで、当選者様以外には私の姿は美少女に見える仕様になっているんですよ」
 なんなんだ、その俺損な設定。
「ちなみにバストサイズは胸筋の鍛え方に比例します。私、今日のために頑張って鍛えましたから、Hカップくらいはありますよ」
 自慢げに語る七面鳥。
 ……。 
 謎は解けた。レナちゃんには俺が見知らぬ美少女と一緒にいるように見えたんだな。
 それは確かにショックだったかもしれない。でも、あの反応は過剰すぎやしないか?
 ってかなんでこいつ、慌てて服を着てるんだ?

 ……もしかして――

「……まさか、服着てない状態だとヌードに見えるとかいう設定じゃないだろうな」
「そんなハッキリ言わないでくださいよぉ。恥ずかしいじゃないですかぁ」
 羽で顔を隠す仕草をする七面鳥。
 全裸にサンタ帽。しかも靴下履かせるって――
 俺、どんなマニアだよ……。
 思わずへたりこんでしまう。
 なんでこんな事になったんだ? 何が原因だ?
 こんなことになった全ての元凶は――
 鼻歌交じりにサンタの衣装を着込んでゆくそいつに視線を移す。
 全身の力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がる。
「いいか、そこで待ってろ。絶対に動くなよ」
 七面鳥に向かい指を突きつけると、玄関のドアを開けまっすぐキッチンに向かう。そして、一番切れ味のいい包丁を取ると、すぐさま引き返し、玄関ドアを開ける。
「早かったですね〜私、てっきり――」
 早速軽口を叩く七面鳥だが、俺が振りかざした物を見た瞬間口を閉ざす。
「そんないけません! 内臓を傷つけたらせっかくの上質な肉が台無しに!」
 赤・青・紫に顔色を変化させながら訴える七面鳥。
「知るか、そんなこと。八つ裂きにしてやる!!」
 包丁を振りかざし追いかける俺。
 全速力で逃げる七面鳥。速えぇ。途轍もなく速えぇ……
 必死で追いかけるも距離はどんどん開き、その姿はあっという間に見えなくなる。
 息を切らし、膝をつく。
 なんなんだ。これは悪夢か?
 そう、むしろ悪夢で、夢であってほしい。そう願いながらすごすごとマンションに戻ってきた俺に突きつけられる現実。
 その潰れたチキンの箱という現実を拾い上げ、玄関のドアを開ける。

 部屋に戻り電気のスイッチを押す。瞬くイルミネーション。慌てて電気を消す。
 ……ちくしょう、俺がなにしたっていうんだ。
「結局こうなるのかよ……」
 暗闇の中、PCの電源を入れる。
「嫁に癒してもらうか……」
 デスクトップの俺の嫁フォルダをクリック。ずらりと並んだ画像ファイルをスライドショウ表示にする。
「俺、七面鳥だけは一生食わねぇ……」
 レナちゃんが置いて(落として)いったチキンの箱を開ける。
「レナちゃんのサンタ姿可愛かったな……」
 はからずしも画面上では去年夢中になったサンタ姿の彼女のショットが次々と映し出されてゆく。
 チキンをかじりながら、ぼんやりと眺める俺。
 走る彼女。きれいな脚だよなー。
 って……えっ?
 今見えたのって――
 一時停止する。虫眼鏡。拡大。拡大。拡大。
「えええっ!?」
 思わず取り落としたチキンが床を転がる。
 液晶画面に映るサンタ姿の美少女。そのすらりと伸びた美脚には、筒状に丸められた手紙が赤いリボンでしっかりと結ばれていた。

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