3分間限定彼女 |
電車で1区間。時間にして約3分。自転車でも十分通える距離。 にもかかわらず、梅雨の期間中だけのつもりだった電車通学をずるずると続けてしまっているのには理由がある。 同じ車両内でたまに見かける制服姿の彼女。 サラサラ黒髪ロングヘア、意志の強そうな瞳。華奢な身体に細く長い手足。 まさに理想どストライク。要するに一目惚れってやつで。 姿を見ることができるだけで嬉しい。そんな思いはいつしかもっと長く一緒にいたいという気持ちに移行する。そして、更には彼女を独り占めしたいという気持ちに。 そんなわけで俺は彼女に告白する決意をしたのであるが―― とはいえ朝のラッシュ時、それなりに混雑している車内。 公開告白っていうのもちょっとなぁ……。 彼女が降りる駅までついていくという手もあるが、どこの駅で降りるのか予想もつかない。 そういや彼女と同じ制服着てる子って車内で見た事ないんだよな。もしかしたらとんでもなく遠距離通学をしているのかもしれない。 で、考えた末、手紙を渡すことに。 まあ手紙といってもそんな大層なものではなく、「好きです。付き合ってください」と書いたメモを手渡そうという作戦だが。 ちょっとそっけない気もするが、とりあえずは気持ちが伝わればいいわけだからな。 もしOKの返事がもらえたとしたら、その後ゆっくり話せばいい。十分に時間ができてから。 そんな決意をして数日後、遂にチャンスは訪れる。 電車に乗り込んだ瞬間俺の視線を釘付けにする、車両中程で窓の外を眺める彼女の姿。 相変わらず凛々しくて可愛いなぁ……って見惚れている場合じゃない。 タイムリミットは3分間。しかもこれを逃したら次のチャンスはいつ来るかわからない。 「すみません」と人をかき分けつつ彼女に近づく。 「あの……」 声をかけると驚いたようにこちらを見つめる彼女。そりゃそうだろう。俺のことなんて全く眼中になかっただろうからな。 「これ読んでください」 折りたたんだメモを手渡す。 戸惑いがちに受け取る彼女。 「今、見てもいい?」 「うん」 彼女がメモを開く。 審判の時。固唾を飲む俺。 ぱっちりと瞳を見開いた彼女は、少し考えこむ様子を見せた後、ゆっくりと口を開く。 「……次の駅までの間なら」 「は?」 思いもしない答えに間抜けな声をもらしてしまう。 ってか、なんすか? ソレ。 俺、間違えてなんか別のこと書いた紙渡したんだろうか。 「えっと……付き合ってほしいって書いてたあった……よね?」 念のため尋ねてみる。 こっくりと力強く頷く彼女。 この時点でわざわざ手紙を渡した意味がまるでなくなってしまったわけなのだが。 「……次の駅まで?」 「そう」 いや、付き合うって買い物に付き合うとかそういう意味の付き合うじゃないのだが。 「嫌だったら断ってくれていいんだけど……」 「嫌じゃないの!」 要するに遠まわしで断っているんだろうという結論に達した俺の言葉を、彼女は強く否定する。 「……次の駅までの間だけ?」 もう一度確認する。 「そう」 頷く彼女。その表情はいたって真剣だ。 「えっと……」 困惑しているうちに電車は次の駅、俺の降りる西町駅のホームに到着。ドアが開く。「……じゃあまぁ……そういうことで」 腑に落ちないまま電車を降りる。 ……これって全然意味なくね? そんなこんなで俺と彼女の奇妙な付き合いは始まった。 電話やメールはいつでもOK。 でも会うのは平日朝、電車1区間3分間だけ。 そして彼女は通ってる高校と自宅の場所については決して明かそうとはしない。その話題になると固く口を閉ざしてしまう。 相当信用されてねえな、俺。 で、まぁそうこうしているうちに1ヶ月が経過。 彼女が同じ電車に乗ってくるようになって、毎日会えるようになったのは進展だ。 電話やメールを通して彼女について色々知ることもできた。 だが、どうも納得がいかない。 そんな思いは日々を経る程に強くなる。 だってどう考えたっておかしいだろ? 3分間限定って。 この1ヶ月で会えた時間をトータルしても1時間ちょいだ。 さすがにこれはねえよ。 彼女が頑なに会うのを拒む理由。 やっぱ見られたくない事情があるからなんだろうな。 見られたくない事情……可能性としては―― ……別に男がいて二股をかけている。 考えたくはない。 が、やはりその線が濃厚な気がする。 彼女を信じてないわけじゃない。だけど―― 俺は迷いを断ち切るようにかぶりをふる。 ちゃんと自分の目で確かめなくては。たとえそれが望まざる結末を生むことになろうとも。 俺は、ある作戦を実行する事を決意した。 その日、普段どおり彼女に別れを告げ西町駅で降りた俺は、人ごみに紛れるようにして再び乗っていたのと同じ車両に後方のドアから乗り込む。そして、人陰に隠れつつ彼女の様子を観察する。 窓の外をじっと眺めている彼女。 大丈夫。気付かれてはいないようだ。 動き出す電車。 と、早速彼女の様子に変化があらわれた。 鞄を脚にはさむと、髪を1つに結び始める。 なんだ? 別の彼はポニーテール萌えとかなのか? 髪を結び終わった彼女は、今度はじりじりと移動し、ドアのまん前にスタンバる。 次の駅名を告げるアナウンス。 彼女は大きく深呼吸すると、鞄を小脇に抱え、右足の爪先を床にトントンって―― ……おいおい、一体何が始まるんだ? 駅に到着する電車。開くドア。同時に飛び出す彼女。 実に華麗なるスタートダッシュだ。 慌ててホームに下りた俺の目に映ったのは、長い四肢を軽やかに動かし、階段を駆け上がり、疾風のように通路を駆け抜ける彼女の姿。 ――すっげー速えぇ…… そのまま反対ホームへの階段を駆け下りた彼女は、ちょうどやって来た下り列車に乗り込む。 ドアが閉まり、電車発車。 流れるような一連の動きを俺はただポカーンと立ち尽くし、見ほうけていた。 なんか凄いもん見たんですが。 ――戻ってった……んだよな? …………。 ってか、俺も戻らなきゃだよな。 我に返り、下りホームに向かいながらさっきの光景を思い浮かべる。 ……毎日アレをやっているのか? 何のために? ふとある考えが浮かび、足が止まる。 いや、でもまさかそんな……たった3分間のためになんてな……。 翌日、いつもより早く駅に到着した俺は、ある希望的観測をもとに行動を開始する。 普段利用しているのとは逆の下りホームに向かい、やってきた電車に乗り込む。 車内には見慣れた制服姿の女子高生。高まる期待。だがまだ確信は持てない。 いつも眺めているものとは違う風景を映す車窓。 1駅、2駅、3駅……腕時計に目をやる。 もうそろそろいいだろうか。 俺は5つ目の駅で電車を降りると上りホームに移動する。やってきたのは俺と彼女がいつも乗っている電車。その前から3両目、いつもの車両に乗り込む。車内を見渡す。彼女の姿はない。俺はドアのすぐそばでその瞬間を待つ。 逆再生されてゆく風景。 一時停止。 リスタート。 運命のカウントダウン。4、3、2…… そして最後の駅、いつも俺が乗っている1つ前の駅でついにその姿を見つける。 ドアが開くと同時にホームに降りる。 「え……?どうして……」 小さく驚きの声を上げる彼女。その手首を掴むと、階段を上ると反対の下りホームへと向かう。 同じ制服姿の生徒がちらほらと見られる車内。 続く沈黙。気まずそうな様子の彼女。 ここは助け舟を出すべきだろうか。 いや、この顛末は彼女の口から聞きたい。どうしても。 「あの……」 彼女が観念したかのように口を開く。 「……いつも西町駅で見てたの。もっと近くで見られたらって思って……。まさか付き合うことになるなんて思ってなかったから……」 次第に落とされてゆく目線。赤みを増す頬。消え入りそうにか細い声。 どうしよう。可愛い。嬉しい。抱きしめたい。 この衆人環視の状況がひどく恨めしい。 俺は、掴んだままだった彼女の手首を離すと、そのまま下に滑らせその手をそっと握る。 「あのさ、今度は俺が学校の近くの駅まで送るから。そしたら会える時間、もっと長くならないかな」 彼女は困ったような笑みを浮かべた後、俺の手をきゅっと握り返す。 「帰り、西町駅で待ってる。私の家その近くなの」 よしっ! 限定解除だ。片手でガッツポーズをしながら、でもちょっと惜しいことをしたかもと思う。 なぜなら彼女のポニーテール姿―― あれもまた相当可愛かったからな。 |