ようするに、なにか特別なものを手に入れようとする時には、それなりの覚悟というものが必要なのだと思うのだ。 |
― 中根夏(一見普通の女子高生) ― |
:: 落下速度と信じるココロ :: 私の名前は、中根夏(なかね なつ)。16歳。いわゆる普通の女子高生。 夏っていう名前は立秋の日の前の日に生まれたから。ちなみに私より数分後、立秋の日に生まれた二卵性双生児の弟の名前は秋。捻りがないといえばそれまでなのだけど、私はこの名前、結構気に入ってたりするんだよね。 でもって、好きなものはクロッツ・クラッシェのアイスクリーム。そしてチャームポイントは色白の肌と生まれつき栗色な髪。いわゆる色素薄い系っていうのかな。ぱっと見、お人形さんみたいだよね。とか言われちゃったりするのだ。ちょっといいでしょ。 これはママゆずりらしい。 自分のママなのに、「らしい」って言い方はおかしいんじゃないかって? それは、うちは物心ついたときからパパとアキとの3人家族だったから。私はママを写真でしか知らないんだよね。 とはいえ私達は3人とっても仲良く楽しく暮らしていたから、淋しいって思うことはあんまりなかった。 でも、やっぱり気にはなるわけで、小さい頃に一度だけパパに聞いてみたことがあるの。 「どうしてうちにはママがいないの?」 って。そしたらパパ、ちょっと考え込んだ後、 「すべての事に理由はあるんだよ」 って。 ……これって幼稚園児の質問に対する答えじゃないわよね。ってか答えになってないし。 だけど私はそれ以上聞けなかった。いつも笑顔のパパのとっても真剣な表情に、幼心にもなんかこれ以上踏み込んじゃいけないものを感じて。 うーん。って考え込む私を膝の上に乗せ、頭を撫でるパパ。その心地よさに私は、まっいっか。多分いつかわかる日が来るんだろうって。 物事を深く考えすぎないのは、私の短所でもあり長所でもあるんだよね。 複雑な物ほど壊れやすい。これは人間だって一緒だと思うのだ。 まぁそんなこんなで色々ありつつも、私達は楽しく暮らしていた。5年前には春さんっていうわんこも加わって、3人+1匹の生活は更に賑やかにパワーアップ! だけど、楽しいことって続かないものなのだ。 そんな家族の幸せな日々は2年前に突如幕を閉じた。 パパが亡くなったのだ。交通事故で。 朝、笑顔で送り出してくれたパパの冷たくなった姿に私とアキは呆然と立ち尽くし―― 状況が理解できた後は、抱き合ったまま、ただただ何日も泣き続けた。 パパと過ごした日々のたくさんの楽しかった出来事が次々と思い浮かんでは涙があふれ、私はこのまま内側から溺れちゃうんじゃないかと思うくらいだった。 そんな姿を見かねてか、様子を見に来た母方のおばあちゃんが、私達を呼び寄せた。 「なっちゃんとあきちゃんに話しておきたいことがあるの」 そして、私達はママが亡くなった経緯を聞いたのだ。 まぁ薄々感づいてはいたのだけどね。 ママは元々体の弱い人だったらしい。 子供を産むのもとてもじゃないけど無理って言われてたんだけど、どうしても産みたい! ってパパを説得して病院に相談に行ったんだって。 先生はとっても気難しい顔をして、母子ともに無事でいられる確率はとっても低いですって。 要するに諦めなさいってことよね。 それでも! って食い下がったママ。先生は更に気難しい顔をして、チャンスは一度だけですよって。 だけど運が悪いことに授かったのは双子。危険率大幅にUP。 「非常に残念ですが……」 あきらめましょうと言いかける先生をよそに、ママは大喜び。 「1人しか無理だと思ってたのに同時に2人も!」 って。 なんて能天気な人なんだ。 「あなたとお子さんの命の保証はできません。少なくともあなたはまず助かりませんよ。それこそ宝くじに当たるような確率です」 先生は必死に止めようとしたんだって。 ママの両親や兄弟ももちろん大反対。そりゃそうよね。 だけど、うちのママは宝くじを買った途端、当たった時の使い道をアレコレ考える人だったみたい。 そして、そういう人に限って宝くじって当たらないものなのだ。 パパとママとで周りを説得して事に挑んだものの、やはり奇跡は起きなかったということらしい。 そんなわけでママが飾られた写真の中で、とびきりの笑顔を浮かべている理由は理解した。 だけど、どうしても気になることがある。 パパはどうして止めなかったんだろう。 そう、パパはとっても慎重な人だった。石橋を金槌で叩いてから渡るような。 自分の身に何かあった時のために、私達がひとり立ちできるまでに必要な十分な金額の保険すらかけてあった。 しかも驚いたことになんと遺書まで用意してあったのだ。「夏と秋へ」と書かれた白い便箋をゆっくりと開くと、そこにはたった一行こう書かれていた。 人生を楽しみなさい。夏と秋はパパとママの希望なのだから。 顔を見合わせる私とアキ。 大変だ。悲しみに暮れる私達に更なる課題が突きつけられてしまったのだ。 ねぇパパ、これってかなり難しいことなのよ。 この世知辛い世の中、これから私達は2人(+1匹)で生きていかなくちゃいけない。人生を楽しむ余裕なんて、とてもできるとは思えない。 でも、涙は止まった。とりあえず前に進まなくちゃいけない。 「お腹すいたね」 「うん」 とりあえず、腹が減っては戦が出来ぬ。ってな訳で私達はコンビニに出かけた。 数日ぶりに見た空は素晴らしく晴れ上がっていて、蝉もうるさく鳴いていて、私達には大変なことが起きたのに世の中は何一つ変わっていないことがとても不思議だった。 住んでいるマンションの向かいにあるコンビニに入る。 「いらっしゃいませー」 声をかけながらこちらを見たレジのお兄さんがギョッとした表情に、私とアキはお互いの顔を見合わせて笑う。確かに数日間泣き続けた私達は相当ひどい顔をしていた。 コンビニではお弁当とあと、クロッツ・クラッシェのアイスクリームを買った。 クロッツ・クラッシェっていうのは、いわゆる高級アイスクリーム。洗練されたかっこいいCMを流していて、そのせいか大人のアイスクリームってイメージがある。 私達もこれから大人の仲間入りしなきゃだもんね。ってことで、ちょっと奮発して買ってみたのだ。 「天気いいし、アイスここで食べちゃおっか」 「うん」 私の言葉にアキが頷く。 「美味しいね」 「うん」 「頑張ろうね」 「うん、頑張ろう」 雲ひとつない真夏日に青空の下で食べたクロッツ・クラッシェのアイスクリームは最高に美味しくて、なんだか頑張れそうな気がして。 私達は奮起を誓ったのだ。Smily Mart朝陽通り店の前で。 |