パパがいなくなってから気付けば2年。時間が経つのって早いものだ。 お祖母ちゃんは時折様子を見に来てくれて、その度に一緒に暮らそうと言われるのだけど、私達は感謝しつつも断っている。 理由は同居の叔母さんが動物アレルギーで春さんを飼うことができないから。 私達はどうしても春さんを手放せなかった。春さんもパパとの大切な思い出の一部だったから。 それに春さんは、貰い手が簡単に見つかるような外見ではないのだ。 なんというか、味があるというか。もちろん私達はそこも含めて春さんのことが大好きなのだけれど。 それに春さんにはちょっとした特技がある。探し物が得意なのだ。「○○どこいっちゃったかなぁ?」とか言ってると、見つけて持ってきてくれたり、その場所に案内してくれたりする。これって結構すごいと思わない? まぁ、そんなわけで私達はなんとかやっている。 私達の境遇を知って「可哀想に。なんて不幸な」って言う人もいる。 そう、確かに私達は不運かもしれない。だけど決して不幸だとは思わない。 私にはママが残してくれたアキとパパが残してくれた春さんがついている。 そして更に私にはママからもらった能天気な性格っていう最強装備もあるのだ。あっ、あとこのお人形さんのようと称される外見もね。 「よし、準備完了!」 鏡に姿を写す。 「うーん。我ながら惚れ惚れするくらい似合っちゃってるな。萌え度30%upってとこかしら」 お気に入りのワンピ。そして背中には小さな白い天使の羽。 「アキー、雨降ったら洗濯物入れといてねー」 声をかけると、春さんとじゃれていていたアキが振り返る。 「もう、ナツってば、その羽やめなって」 「何言ってんのよ。すっごく可愛い! って大好評なのよ。コレ」 「いい年なんだからさぁ。春さんだってそう思うよねー」 春さんが困ったように私とアキの顔を交互に見つめる。 「アキだって同じ歳じゃない。そんなこと言ってると、貸してあげないんだから」 「いらないよー。そんなの」 そんなこと言っちゃって。君もあるかもしれないのだよ。この羽の力を借りたいと思う時が。 人生何が起こるかわからない。今現在の状況がずっと続く保障なんて全くないのだから。 「いってきまーす」 玄関のドアを勢いよく開け飛び出すと、お隣の佐々木さんと鉢合わせる。 「こんにちはー」 元気よく挨拶して通り過ぎようとしたところを「あっ、なっちゃん待って」と、呼び止められる。 立ち止まり振り返ると、階段の方を指差す佐々木さん。 「今、エレベーターが点検中で使えないのよ」 もうおばさん疲れちゃって……と額の汗をしきりにハンカチで拭っている。 「えーっ、そうなんですか?」 階段かぁ……。ここは7階。階下を見下ろす。いっそのこと飛び降りちゃいたいくらいだ。 遥か下の地面と佐々木さんの顔を見比べる。 いつもと変わらず人のよさそうな笑顔を浮かべている佐々木さん。 うーん。どうやら今はまだその時じゃないみたい。 諦めて階段に向かう。 「さーて、行くか」 気合を入れ、階段をリズミカルに駆け下りてゆく。 「よし! ラスト1階」 最後の数段はジャンプ。着地成功! それにしてもいい天気。昨日までの雨が嘘みたいだ。 「なんかいい1日になりそう」 水溜りを跳び越えるとバス停へと急いだ。 さーて何から見ようか。 「やっぱ、まずはクロッツ・クラッシェの新作フレーバーのチェックよね」 とりあえず1週間分の幸せゲージをフルチャージしておくことにしよう。 「中でパフェ食べちゃおっかなー」 ファッションビルの1階に入っている店舗は黒とゴールドを基調にしていて、店員さんの制服もギャルソン風でとってもカッコいいのだ。 目的地に到着。 「うわぁ、今日も並んじゃってるなぁ……」 お店の前には長蛇の列。 確かに今日はアイス日和だもんなぁ。雲ひとつない晴れ渡った空を見上げる。 とりあえず最後尾について携帯をいじっていると、後ろからクイクイッて服を引っ張られる。 ん? 振り返ると、幼稚園児くらいの男の子が不思議そうにこちらを見ている。 「お姉ちゃん、天使?」 「まぁそんなとこかな」 期待に満ちた表情を浮かべる男の子に向かい答える。 うん。その表現は悪くないかも。 「お空、飛べるの?」 「残念ながら今日のは飛べない羽なんだな」 両手を広げ、首をすくめてみせる。私は普通の女子高生。そうそう簡単に空なんて飛んだりはしないのですよ。 「こんなに大きくて綺麗なのに?」 男の子の手が私の腰の辺りの空間を撫でる。 うーん……。これはどうしたものか。 と、ふとあることに気付く。 「そういえば君、ママは?」 彼はどう見ても1人で街中に出てくる年齢には見えない。 「はぐれちゃった……」 そういうわけですか。 「じゃ、お姉ちゃんと探しに行こっか」 このあたりで適当な場所はと――周囲を見渡し物色する。 うん。あそこにしよう。 男の子と手を繋ぎ、歩き出す。 「どこ行くの?」 「それは着いてのお楽しみ」 「ちょっと高すぎたかな……」 到着したのは、とあるビルの屋上。好都合な事に私達以外、人はいない。 背中に背負った羽をはずして斜めがけしたバッグに押し込み、うーんと伸びをする。 バサバサッと大きな羽音と風が起こる。 「すごーい」 目を輝かせ歓声を上げる男の子。 「すごいでしょ」 そう、自慢げに答えてみたりする一見普通の女子高生、中根夏の背中にはどう見ても普通じゃないこんなものが装備されてしまっていたりするわけで―― この羽がお目見えしたのは、3ヶ月ほど前。 寝ぼけ眼で洗面台の前に立った私を一気に目覚めさせる衝撃映像。 何コレ!? ドッキリ? 視覚効果? 肩の上から腰の下まで背中全体を覆うように真っ白く大きな羽。 何枚もの羽が重なり合って形作られたそれは、冗談にしてはかなり手が凝っていて、なんか無駄にゴージャスだ。 恐る恐る振り返ってみる。もちろんそこには何もない。 鏡に向き直り、カニ歩きで横に移動。ついてくる!? ってことは―― アキの部屋に駆け込むと、ベッドでまだ寝ている彼を振り起こす。 「アキ、はねっ、羽がっ!!」 「……ナツ、何寝ぼけてるんだよ……」 目をこすりながらめんどくさそうに答えるアキ。 なにのんきなこと言ってるのよ。一大事よ。 姉から羽が生えてるのよ! この状態で満員電車に乗ったら大迷惑よ! 「寝ぼけてるのは私じゃなくて、アキだってば! ほらこの羽っ! 見てっ!」 アキの上に馬乗りになり、顔を両手で挟み、こちらに向ける。 「もぉ、なんだよぉ……」 私を見つめるその様子にいつもと変わったところはまったくなく―― あれ? ホントに見えてないの? アキを開放すると、急いで洗面台の前に戻る。 確かに。ある。 どうしよう。コレは一体―― ……何で洗ったらいいんだろう。 |