パパは言ってた。全ての事には理由があると。 じゃあ、この羽にも? うーん……。 確かに存在しているのだけど、触れられないソレを鏡ごしに見つめ考える。 この見事な風切羽。 確かにこれがただの飾りだとは思えない。だいたい一般市民の私にこんな飾り不必要だ。宝塚のトップスターじゃないんだから。 とはいえ、とりあえず肩甲骨あたりに意識を集中してみる。 ……羽が微かに揺れた気がした。 飛べる――のかな? でも、どうやって? ……気合が必要なのか? 「私は飛べる! 飛ぶぞ!」 心の中で繰り返してみても、体は1ミリたりとも浮き上がらない。 そりゃそうよね。肩をすくめる。 他に考えられるのは―― ……助走とか? 外に出て、思いっきり全力疾走してみた。 100メートルくらい走って、「もう限界!」って膝に手をつき息を切らしていると、響くクラクション。 驚いて顔を上げると、バス停に停車したバスの運転手さんや乗客が、笑顔でこっちを見つめている。 慌てて「違うんです」って手を振り、その場を離れる。 うーん、これもダメか。 あと思いつくことといえば―― 「高いところから飛び降りる。かなぁ……」 そう、パラシュートみたいにパッと羽が開いたり――しやしないだろうか。 試しにビルから飛び降りてみようかと思ったんだけど、さすがにそれは躊躇われた。決死のジャンプ! とかリスクが高すぎるし、私まで死んじゃったら(しかも一見飛び降り自殺)アキが可哀想すぎるしね。 諦める? ううん、まだ何か手はあるはず。 そうだ! 飛び込み用プールなんてどうだろう。十分高さもあるし、下は水。我ながらナイスアイデアよね。 ってなわけで、早速夜中に忍び込んだの。春さんをかかえて。 「陵成高 中根」ってゼッケンのついたスクール水着(これは万一の際、身元確認がしやすいようにという私なりの配慮なのだ)を着た私は、必死に羽にじゃれつこうとしている春さんに言い聞かせる。 「いい? 春さん、私が戻ってこなかったら、人を呼びに行くのよ」 私の顔を見上げ、ハッハッって大きく尻尾を振る春さん。 うーん、わかってるのかなぁ……。 一抹の不安を感じつつも、春さんをその場に残し、飛び込み台に上る。 高さ10メートル。水面遠っ。見下ろすとその高さに圧倒され、足がすくむ。 大丈夫、下は水よ水。 ――でも、プールの授業の飛び込みでお腹打った時、すっごく痛かったんだよな……。 ダメダメ! 余計な考えを振り払うかのようにかぶりを振る。 正直怖い。ものすごく。 でも、何か特別なものを手に入れるためには、それなりの覚悟というものが必要なのだと思うのだ。 よーし! 「せーのっ」 意を決し、空中に一歩踏み出す。 落下――足場が消えると同時にすごい速さで。 加速するスピード。みるみるうちに近づく水面。 やっぱダメだ! 着水に備え、身を縮め、さらにぎゅっと目を閉じたのと、ガクンって私の全身に衝撃が走ったのはほとんど同時。 そして、完全に水没モードだった私が異変に気付くのにかかった時間、数十秒。 ……あれ? なんか変だ。これってもしかして―― 恐る恐る目を開けて下を見る。足元数10センチ下にはキラキラと光る水面。 私は一人プールの上に浮いていた。水着姿で。 肩の上に視線を移す。 大きく広がった白い羽。 ほっと息をつき、胸元を見つめる。 ゼッケン付の紺色のスクール水着。 …………。 うーん、この姿に萌えはあるのだろうか。 物事を深く考えすぎない私は、往々にして適応能力が高かったりする。 朝、鏡を見て驚くこともなくなった。はねまくった前髪を見ながら、「さすがに羽には寝癖はつかないんだなー」なんて落ち着いたものだ。 時々は空を飛んだりもしている。天気のいい日なんて最高の気分なのだ。 そしてだんだんとわかってきたこと。 やはり飛ぶ前に落下する分、ある程度の高さが必要だっていうこと。 この高いところから落ちなきゃいけないって所が、気軽に能力を使えない理由なのよね。 いつも恐怖感はある。大怪我はしたくないし、ましてやまだ死にたくないし。 あと、空を飛んでいる時は、私や私の触れている物は他の人からは見えないみたい。 そりゃ見えたら大問題になっちゃうしね。研究所に送られてモルモットに……なんてことになったら大変! ステルス機能は必要不可欠ってわけだ。 でもって飛んでない時の私の姿はどう見えてるのかっていうと、どうやら羽は見えてないっぽい。ほとんどの人には。 ただ、たまーに見えちゃう人がいるのだ。 それでもって彼らはみんな、なんらかのプチピンチに直面している。 自転車がパンクしてしまって「どうしよう……」状態だったり、バスを乗り過ごしてしまって「ここどこ?」状態だったり。 なんてわかりやすいフラグなんだろう。 まるで、「さぁ飛びなさい」って言われているかのよう。でもそれって逆に言えば「大丈夫、今なら飛べますよ」ってことなわけで。 それなら! って「お姉ちゃんにまかせなさい!」なんて言って彼らを空中輸送しちゃったりするのだけど。 うーん、私は神様から人間タクシーに任命されてしまったのだろうか。 そしてまだまだ謎は多い。 例えば、声をかけてくるのは今のところ小学生以下の子供ばかり。大人には見えないものなのか、見えても「そんなバカな」ってスルーしちゃってるのかは不明。それか、ちょっと痛い子だなって思われているのかも。 まぁこんな非現実な状況、普通の人には信じられなくて当然だと思う。 ただ私にとっては現実だって確固たるものではないのだ。 世の中に絶対や永遠がないことは思い知っている。 そして現実と非現実との境界を乗り越えるのは――ほんのちょっと(?)の勇気と信じるココロ。 そんなわけで私は、こんな所にいるわけで。 屋上のフェンスの上、いわばここは境界線。 ねぇパパ、ママ、私はどうしたらいいのかな? パパは「危ないからやめておきなさい」言うだろう。 でもママは「いっちゃえー」って言いそうよね。 抱き抱えられた男の子が、くすっと笑う私を不思議そうに見つめる。 「さーて、行きますか」 私は立ち上がり、右足を振り上げる。 この着地点は……神のみぞ知るってやつよね。 男の子は不安そうに見つめている。 「大丈夫。――多分……ね」 踏み出した右足に重心を移動する。 吸い込まれるように落ちるカラダ。周りの景色が凄い速度で、下へと流れてゆく。 思わず悲鳴を上げる男の子を、ぎゅっと抱きしめる。 そして訪れるいつものあの感覚。静止する景色。 よかったぁ。ほっと一安心。 凍りついた表情から一転、目を輝かせる男の子に向かい尋ねる。 「ママ、どんな服着てた?」 「えっとね――」 いいことをした後のアイスは格別なのだ。 クロッツ・クラッシェの店内。運ばれてきたパフェ。色とりどりのベリーに飾られたそれに思わず歓声を上げてしまう。写メを撮ってアキに送信して、早速口に運ぶ。 「んー。やっぱ期待裏切らないよね。最高!!」 感動に浸っていると、メールの着信音。アキからだ。 「おみやげ買ってきて」 どうしよっかなー。今日は気分もいいし買ってってあげよっかなー。 さっきの男の子の別れ際の笑顔が目に浮かぶ。 自分がしたことで人が笑顔になってくれるのは嬉しいものだ。 とはいえ――この状況っていつまで続くんだろう。 バックライトが消えた携帯の画面に映った、自分の背後の羽を見ながら考えること数分間。 ……まっ、いっか。 考えたってわからない。 それに、いつこの能力がなくなるかわからない。突然現れたように突然消えてしまうような気がするのだ。なんとなく。 だったらこの羽が存在するうちにこの状況を楽しんでおこう。単純にそう思うわけなのだ。 人生は楽しまなくちゃ。 形あるものは形あるうちに、ね。 私はパフェに向き直ると、それを制覇することに専念する。 そう、クロッツ・クラッシェのアイスクリームだって、溶けてしまったら台無しなのだから。 第2話に続く |
一方その頃、大野さんと加古さんは…… |