004


「城ヶ崎さん、一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
 にっこりと微笑む城ヶ崎さん。俺だけのために向けられた極上のメロンスマイル。
 羨望のまなざしを一身に浴びながら、この上なくいい気分で教室を後にする。
「あの……あやめちゃんって呼んでいいかな?」
「いいよ」
 まさか、城ヶ崎さんを名前で呼ぶ日がこようとは。捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものだ。あぁ拾ってくれた神様ありがとう!
 そして俺はずっと気になっていたことを口にする。
「ところであやめちゃんって前から俺のこと知ってた?」
 今まで幾多のアプローチを断り続けていたあやめがなぜ今回に限ってOKしたのか。これは非常に気になるところだ。
「知ってたよ。ずっと夏目君のことは気になってたし」
 にっこりと微笑むあやめ。
「ウソ、マジ嬉しい」
 すげぇ。城ヶ崎さんが俺のことを気にしてたって、もしかして好みのタイプだったとかか?このセリフ、コガタケ達に聞かせてやりたいぜ。
「夏目君って理想的なの。まさにベストオブマイ受けって感じで」
 ん?理想的なベストオブマイ……受けって何だ?まぁいいか。とりあえず理想的とかベストって事は褒められてるんだよな。
「あのね、お願いがあるんだけど……」
 存分に幸せを噛み締めている俺をじっと見つめ、ためらいがちに言う。こんな瞳で見つめられて、断れるやつがいるだろうか(いやいない)。
「いいよ、何でも言って」
 ありがとう。と微笑むあやめ。
「同じクラスに桐生君っているでしょ」
「あぁ」
 いたな。そんなヤツ。クラスメイト桐生の印象は一言で言うと暗いヤツ。無口でいつも一人で行動している。そういえばクラスであいつとだけは喋った事ないな。顔もはっきり思い浮かばねぇや。
「彼、桐生聡紀くんと仲良くしてほしいの」
 は?何だそれ。
「何で?あやめちゃん桐生と仲いいの?」
 ううん。と首を横に振るあやめ。
「じゃ何で?」
「あのね、私、今、小説を書いてるんだけど……」
「へぇ。すごいね。いつも本読んでるけど、書いてもいるんだ」
「そんなたいした物じゃないんだけどね」
 照れたように微笑むあやめ。
「で、その話のモデルになってるのが夏目君と桐生君なんだけど」 
「えっ!?マジで?」
 なんかそれすごくね?あの超絶美少女城ヶ崎あやめサンがまさかこの俺をモデルに小説を書いていたなんて!
 昼休みに500円玉を積み上げたクラスメイト達に聞かせてやりたいよ。
 が、嬉しい反面、疑問も残る。
 なんで俺と桐生なんだ?あぁ、誰とも打ち解けなかったヤツが次第に心を開いていくような感動友情ストーリーってとこか。まぁ別に害はないし、いっか。
「別にいいけど」
「ホント?!ありがとう!!」 
 学校では見せたことのないようなはじけるような笑顔。大きく揺れる胸。ヤバイ。マジ可愛いぞ。
「全然オッケーだよ!ところで恋愛小説とかは書かないの?」
 俺とあやめちゃんをモデルにさ。と言いかけるが飲み込む。まだ今日付き合い始めたばかりだしな。
「恋愛小説だよ」
 笑顔のままあっさりと答えるあやめ。
 は?
「いや、だって俺も桐生も男……」
「愛があれば性別の壁なんて乗り越えられると思うの」
 ……おい。何、瞳を輝かせて言ってんだ?
「いや、愛なんてないし、これから生まれることもぜっっったいにないと思うけど」
 何でそんな壁を乗り越えねばならんのだ。っていうかおかしいだろ。話の流れが。
「そう……」
 悲しげな表情。急に怪しくなり始めた雲行きに俺は慌てる。
 まぁ、実際に恋愛しろって言われているわけじゃないし。話しかけたりするくらいなら……
 と、ふとある疑問が脳裏をよぎる。男同士ってことはやっぱどっちかがどっちかなわけだよな。
「……ちなみにその話の中ではどっちが女役なんですか」
 あやめは無言のまま俺を見つめる。ニコニコと。微笑みながら。
「絶対いやだっ!せめて逆にしてくれ」
 ありえねぇ。フィクションだとしてもありえねぇ。
「ダメ」
「どうしてっ?!」
「だって私――」
 あやめは普段の儚げな様子からは予想もつかないほどきっぱりと言い切った。
「黒髪眼鏡攻め萌えなの!!」


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