003


 あれは、高校に入学してすぐの頃――

「おい、桂!ビッグニュース!!」
 1限目が終わった休み時間、ちょうど席を立とうとしている所に5組のコガタケが息急き切って駆け込んでくる。
 相変わらず騒々しいヤツだ。
 前回のビッグニュースは売店のいちご牛乳消滅だっけ。
「あれがないと俺の午後のテンションが上がらないんだよ!!」
「お前はテンション低めなくらいでちょうどいい」
 そんなやりとりをしたのを覚えている。
 今回は一体何事だ?いちご牛乳復活したのか?
 コガタケは思索をめぐらす俺の両肩をがっしりと掴み、軽く息を整えるとひっじょーに真剣な表情で言った。  
「1組にすっげー美人発見」
 ……はぁ。
 まぁ興味なくはないが緊急性はないよな。
「んじゃ、昼休みにでも見に行くか」
「何悠長なこと言ってんだ。今すぐ来い」
 腕を掴むコガタケに慌てて、
「ちょっ俺、次、移動教室なんだけど」
 生物の教科書を見せる。
「いいからソレ持って来いって」
 半ば引き摺られるようにして教室から連れ出される。
「朝見かけて跡をつけたんだが……あれは人間じゃねぇ」
 興奮気味に語るコガタケ。
「おい、それ褒め言葉になってねぇぞ」
「いいから、見てみろって」
 1組の教室の前、急に立ち止ま止まり、手を離したコガタケのせいでつんのめりそうになる。
 ったく……見りゃいいんだろ。と開け放たれた廊下側の窓から中を覗く。

 それが誰なのかはコガタケに聞かずとも一瞬でわかった。
 彼女は明らかに異質な存在だった。
 CGで作られたかのように完璧に整った容貌。
 まるでゲームから抜け出してきたみたいだ。
 両手を胸の前で組み合わせて
「どうか私の惑星を救ってください」
 とか言ったとしても全く違和感がない感じ。
 俺はただ呆然と見とれていた。
「……すげぇ」
「だろ。だがそれだけじゃないんだな」
 コガタケがニヤリと笑う。
「あれは近くで拝むべきだ」
 そう言って、1組の教室内にずかずかと入っていくと、超美少女から少し離れた斜め後方の席の女子に親しげに話しかける。
 女子がこくんと頷き席を立った。
 コガタケが俺に向かって手招きする。 
「座れよ」
 不審に思いつつ空いた席に座る。
 あぁ横顔も綺麗だなぁ。とつい美少女をぼんやり眺めていると、急にコガタケに頭を押さえつけられる。
「おい、なにする……」
「しっ!そのまま見てみろって」
「ん……?」
 机に頭を押し付けられた姿勢の俺の目に飛び込んできたのは非常にたわわな――
「す、すげぇ……人間じゃねぇ」
 あんなサイズ、リアルで初めて見たぞ。興奮気味に語る俺に、
「DとかEってレベルじゃないよな。ありゃメロンサイズだ。あやメロン」
 コガタケが小声で言う。
「あやめろん?」
 なんだそれ。
「名前、城ヶ崎あやめさんって言うんだそうだ」
「……なんか凄いな。色々と」

「さぁてと、用も済んだし戻るとするか」
「あぁ」
 コガタケに続いて立ち上がり、教室を出ようとすると、
「1年10組、夏目桂!」
 教室内に女子の声が響き渡った。
 なんだ?なんだ?
 教室内の全員が、声の主が見ている方、つまり俺を注視する。
 戸惑う俺の元に一人の女子が俺のノートを振りながら駆け寄ってくる。
「忘れ物!」
「あぁ、サンキュ」
 どうやら机の上にノートを置き忘れてしまっていたらしい。
「どういたしまして」
 と、にっこり微笑む。
 あぁこの子も結構可愛いな。そんな事を考えていると、彼女は悪戯っぽく笑い、ノートを俺の手の上数センチで止め、耳元で囁いた。
「私も結構大きいよ」
「なっ……」
 怯みつつも、目線を彼女の胸元に落とし、
 ……ホントだ。
 と、しっかり確かめてしまった俺を誰が責められよう。
 ちなみにこの小悪魔こそが、後に「彼女」となり、「元カノ」となる橘玲香ちゃんだったりするのだが、まぁそれは置いといて。

「おーい、桂、先行くぞ」
 コガタケの声に我に返る。
 最後にもう一度、と城ヶ崎さんの方を見ると、彼女もじっとこちらを見ていた。
 期せずして見つめ合う。
 その表情からは何も読み取れなかったけど、彼女の瞳は確実に俺をとらえていた。
 視線をそらす事も出来ずに立ち尽くしていると、キーンコーン……と始業を告げるチャイムが鳴る。
「やっべぇ」
 俺はダッシュで生物室に向かった。


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