021 「なぜにアンミラ風……」 クラス企画「眼鏡喫茶」 男子の衣装は黒のベストに同じく黒の蝶ネクタイ。まあこれはいい。一般的なウエイターの制服と言えるだろう。 問題は女子の衣装だ。 困ったような表情を浮かべ、居心地悪そうに立っているあやめ。 ただでさえ目立つ胸元が、某ファミレスの制服を模したデザインによって更にめいっぱい強調されている。 ……萌えマンガの表紙のようだ。 眼鏡は制服と同系色のセルフレーム。 眼鏡をかけていない完璧な美少女あやめちゃんもいいけどこれはこれでいい。ものすごくいい。ショーケースに入れて部屋に飾っておきたいくらいだ。 だが…… 「おい、コガタケ。見るな」 「そう言われても強力な磁場が発生していてだな。どうしても視線が自然とそっちに……」 クラスの男子達もあやめの方をチラ見しては、慌てて視線をそらしている。 ……危険だ。 そして―― 「お前らはなんでそんな衣装なんだ?」 「キクも桐生君も王子様みたいだねー」 白タキシード姿の2人を見て侑が無邪気に笑う。 王子様って……と言いたい所だが、実際その乙女な表現が全く違和感ない程よく似合っている。 こいつら、かぼちゃパンツさえはきこなすんじゃねえか? しかも1人でもかなり人目を引くのに、2人並んでいるとなるとそれはもう壮観極まりなく。 ……この2人の間には絶対立たないようにしよう。 「菊池君と桐生君には呼び込みをやってもらうから。あと城ヶ崎さんもお願いね」 通りかかった委員長が2人とあやめに声をかける。 なんだって? 「いや、それは断固反対!! あやめちゃんはキッチン担当。そうじゃなきゃ、桐生に呼び込みはさせない」 委員長に猛抗議する。 あの衣装のあやめちゃんを人目に晒すなんて言語道断。視姦してくれ、セクハラしてくれというようなものだ。 というか、単純に他人に見せたくない。 「何で夏目君が決めるのよ」 不服そうな委員長。 「それは……」 言葉に詰まった俺は、 「桐生も同感だよな。なっ、それがいいと思うよな」 と、慌てて桐生に同意を求める。 「…………うん」 戸惑いながらも頷く桐生。よし! ナイスフォローだ。 委員長が困ったようにあやめの方を見やる。 「私もその方が……」 ためらいがちに口にするあやめ。 「うーん、仕方がないなぁ……」 結局、あやめちゃんは完全裏方とはいかなかったものの、出来上がったものをカウンターまで運ぶ係という事で決着した。 とりあえずは安心だ。 「これが限界だわ」 重ね付けしたつけまつげに更にマスカラを塗り終えた玲香がため息混じりに呟く。 「どんなホラーな状態になるのかと思ってたら案外まともだな。さすが玲香ちゃん」 感心したようにコガタケが言う。 「素材がいいからな」 軽口を叩きつつも、我ながら結構いい線いってるんじゃないんじゃないか? と思う。 玲香ちゃんによるスーパーメイクもさることながら、衣装にも力を入れている。 なんたってレースとフリルとリボンにめいっぱい飾られた白いメイド服だからな。 そんでもって、オーバーニーとかいうこれまたレースのついた白いハイソックスに白いハイヒールを履き、 ココアブラウンの巻き髪ウィッグにはレースのカチューシャを着用。 これらの衣装はすみれさん(あやめちゃんちのお手伝いさん)に協力してもらった。 実はあのメイド服は制服というわけではなく、彼女が個人的趣味で着ているんだそうで、ものすごく張り切って選んでくれた。 「どうしよう迷っちゃう。いっそのこと2着買っちゃおうかしら」 と言うのを、 「いや、着るの1回だけで2度目は未来永劫絶対にないですから」 と止めたくらいだ。 「それにしても歩きづれえな。この靴」 ヒールの高さ5cm程はあるソレを見ながら呟く。 「アイドルはコレ履いて歌いながら踊るのよ。しかも笑顔で」 「すげえ……」 ちょっと油断するとバランスを崩して足首がグキッってなりそうになる。歩くので精一杯。踊るなんて絶対に無理だ。 その非常に安定の悪いハイヒールに手こずっているところに、 「あーっ、桂、可愛いじゃーん」 と、浴衣姿の侑が駆け寄ってくる。アップにした髪形。程よく抜かれた衣紋から覗くうなじが実に色っぽい。 これはもう女装というよりは、女子そのものだ。しかもかなりハイレベルの。 「暑苦しさとかウザさが一切ないのが凄いよな」 コガタケ、なんで俺を見ながら言うんだ? 「……桂、帰るか」 「おい、待てっ。コガタケ、まだ勝負は始まってないぞ」 「始まってないかもしれないけど、99.99%予想はついたわね」 玲香ちゃんまで……。 「大丈夫! どんな分野にも必ずマニアはいる!」 断言する俺の背後から、 「総じて少人数ではあるけどな」 とキクの声。 振り返ると、これまた浴衣姿のキクがニヒルな笑みを浮かべている。 「……お前ら、反則だぞ。その衣装」 「桂、その格好で言うなよ……」 俺の肩に手を置くコガタケ。 しまった。こいつにも執事の衣装を着せるべきだったか。 「衣装も似合ってるし、2人もお似合い。完璧ね」 「ありがとう玲香ちゃん。キクが桂には思いっきり大差つけて勝つんだって張り切っちゃって。もうキクったらドSなんだから。あははっ」 あははって……。 「……まぁ遠目で見れば多少のごまかしはきくんじゃね?」 完全諦めモードながらも微かな期待を口にするコガタケに 「それじゃダメよ。至近距離からの映像が背後のスクリーンに映し出されるんだから」 と、メイク道具を片付けながら玲香が言う。 「……無駄に手がかかってるよな。この控え室も関係者以外立ち入り禁止だし」 それほど狭いわけでもない控え室を見渡す。 本当ならあやめちゃんも呼びたかったのだが、付き添いは1人だけ。というルールで断念したのだ。 「それだけ期待度が高いってことよ。まぁやるだけのことはやったし、あとは奇跡が起こるよう神に祈るのね」 と、メイクボックスのふたを両手でパタンと閉める玲香。 「奇跡、ねえ……」 学園祭のメインイベント「ミス陵高」 まずはナイトにエスコートされた出場者全員がステージ上に登場する。 会場の体育館は満員だ。観客の中からあやめちゃんの姿を探そうとしてみるが見つからない。 ステージ上では出場者が順番に軽く自己紹介をしている。 俺の胸につけられた番号札はラストの26番。 ちなみに侑はその1つ前の25番だ。 隣をそっと盗み見る。 !! キクが眼鏡はずしてる。すげえ。マジで本気だ……。 「キク、コンタクト?」 小声で尋ねると、 「いや、裸眼。だから全然見えない。これくらい近づかないと」 と、侑の肩を掴み、キスするんじゃないかってほど顔を近づける。 途端、観客からキャーという大きな歓声が沸き上がる。 「……あいつら、なんであんなに本気モード全開なんだ?」 「スライム相手にエクスカリバー振りかざすことないのにな」 おい、コガタケ。そのスライムって俺のことか? 自己紹介が終わった時点で、まずは1回目の投票がある。 最終的には紙に書いて投票するのだけど、この時点での投票は会場の拍手によるものだ。 結果は予想通り侑とキクの時がダントツに多かった。俺達はまあ普通ぐらいだったかな。 投票が終わると、その後はアピールタイムとでもいった感じだろうか、1組ずつステージ上に上がり、司会者や会場の質問に答えたり、芸なんかを披露したり。 俺の順番はラストなので、他の出場者の様子をステージ脇から偵察する。 出場者のうちエンタメ部門狙いでなさそうなのはほぼ半数くらい。顔ぶれを見てみると侑とキクが飛び抜けているだけで後は五十歩百歩、どんぐりの背比べといったところか。 と、一際大きな歓声が客席から上がる。 どうやら侑とキクの出番が来たようだ。 「真打登場だな」 とコガタケ。 いや、まだ俺いるから。 司会者による質問が終わり、ステージ上には侑とキクの2人が残される。 「それにしても暑いよな。この会場」 首筋に張り付く巻き髪のウィッグを払いのける。 「今日、風強いから、窓開ければ涼しいのにな」 コガタケの言葉に2階を見上げる。窓はすべて閉められている。ため息混じりに視線をステージに戻そうとした時、視界の隅で何かが揺れた気がした。 ん? 視線をそちらに移すと、ステージ上部ちょうど侑とキクのいる真上の辺りの照明が1つだけ、かろうじてぶら下がっているかのように不安定に大きく傾いている。今にも落ちそうな感じだ。 アレ、ちょっとヤバくねえか? そんな俺の思いが通じたのか、ステージ上のキクが何気なく頭上を見上げる。 よかった……と安心したのもつかの間、キクはそのまま何事もなかったかのように視線を戻し、侑と話し始める。 えっ? 何で―― ……そっか、眼鏡かけてないから見えてないんだ。 どうしよう。伝えた方がいい気がするんだけど、2人の出番はあと少しだし……。 迷っているうちに2階に生徒が現れた。窓を開けようとしている。 ああ暑いもんな。風入れなきゃ。……って風? 大きく開かれた窓。吹き込んだ突風にステージ上部の照明器具が大きく揺れるのを目にした瞬間、俺はステージ上に走り出ていた。 しまった、ハイヒール脱いでおけばよかった。ひどく走りづらい。後悔するが脱いでいる時間はない。 「危ないっ!」 驚きの表情を浮かべている2人に駆け寄り突き飛ばす。 よかった間に合った……と気が抜けた途端、足がもつれ―― 体勢を崩した俺は、その場に倒れこんだ。 と、同時に足元から数センチの所にガッシャーンと大きな音を立て照明器具が落ちてくる。まさに間一髪。あと少しでも遅かったらと思うと改めてぞっとする。 騒然とする場内。 「桂、大丈夫か?」 慌てて駆け寄ってくる侑とキク、そしてコガタケ。 動かそうとした足に痛みが走る。転んだ時に捻ったようだ。 「いって……。足、捻った……」 「立てるか?」 「ああ。コガタケ肩貸して」 ふと、観客の一部から別のざわめきが起こる。 なんだ? 立ち上がろうとしていた俺は、そのさざ波のように次第に後ろから前の方へと移りくるざわめきの中から現れたそいつが、ステージ中央の端に片手をつき、実に軽やかに壇上に飛び乗るのを目にする。 静まり返る場内。 固唾を飲んで見守る観客。固まる俺。 なんかものすごーくイヤなことが起こりそうな予感がする。 俺はそいつに、白いタキシード姿のそいつに恐る恐る声をかける。 「……待て。桐生、落ち着け」 だが俺の制止も聞かず、桐生は片腕を俺の背中に回すと、もう片方の腕を膝の下に差し入れる。 「な、何する……」 ヤバイ。この体勢はまるで―― そのまま軽々と抱え上げられる。 俗に言うお姫様だっこだ……。 「お、降ろせ桐生。俺全然大丈夫だからっ!」 必死の抵抗も虚しく、桐生は俺を抱きかかえたまま走り出す。ステージを降り、会場の体育館を出て、校舎に向かう。 「桐生、頼むから降ろしてくれってば」 「……歩けなくなるといけないから」 いや、この状態を晒された方が、俺、明日から校内を歩けなくなる。 「見るなっ! 写メ撮るなっ!」 声を限りに叫ぶ。なんて罰ゲームだよ。コレ。 歓声と写メのシャッター音に見送られること数100メートル。やっとのことで目的地、保健室に到着。ようやく降ろしてもらえる……と思いきや、桐生はそのまま乱暴にドアを足で蹴り開ける。 !! おい、学校の設備は大切に! ってかお前ホントに桐生か!? その大きな音に振り返った保健医は息を切らしつつも無表情な桐生と、茫然自失状態の俺を交互に見比べると肩をすくめる。 「随分派手な登場ね、シンデレラ」 「え?」 保健医の視線を追い、自分の足を見る。 ……右足のハイヒールが脱げていた。 手当てを受け、ベッドに腰掛けていると、コガタケと侑とキクがやって来る。 「まさか、人生で脱げた片方の靴と共に取り残される事があろうとは思ってなかったよ」 と恭しくハイヒールを差し出すコガタケ。 俺だってまさか男にお姫様抱っこされる事があろうとは思ってなかったよ。しかも女装で。 「助けてくれてありがとな。怪我はどんな感じ?」 右足に巻かれた包帯を見ながらキクが尋ねる。 「軽い捻挫だって」 「よかったぁ」 ほっとした表情を浮かべる侑。 「ほら、全然大丈夫じゃない」 玲香ちゃん?声のするドアの方を見ると予想通り玲香ちゃんと、その後ろから心配そうに顔を覗かせているのはあやめちゃんだ。 「ぼんやり突っ立ってたから連れて来てあげたわよ」 玲香に背中をトンと押され、ふらっと前に進み出るあやめ。 「よかった……私――」 「あーっ!! もうあやめちゃん、そんな格好でうろついてちゃダメだって……」 「えっ?」 アンミラ風衣装を着たままのあやめが、きょとんとした表情を浮かべる。 「変なヤツにじろじろ見られたり、声かけられたりしなかった?」 「大丈夫……だったと思う」 「ホントに?でも心配だよなぁ。絶対に危ないって……」 直もブツブツ言い続けている俺を見てあやめが笑う。 「私、着替えてくるね」 うん。その方が安心だ。 「あっ、あやめちゃんちょっと待って! 桐生、ガード頼む」 こくっと頷く桐生。 保健室から出て行く2人と見送っていると、入れ替わりに1人の女子生徒が入ってくる。 ミス陵高の司会をしていた人だ。 俺の元にやってくると、 「ほんとごめんなさいね。こちらの不備で怪我させちゃって。大丈夫だった?」 心配そうに尋ねる。 「はい。それは全然大丈夫なんですけど。あっ、なんかスミマセン。ぐちゃぐちゃにしちゃって」 「それなら全然問題なし! っていうか歴代最高の盛り上がりを見せてむしろ大満足!!」 「はぁそうですか……」 別に意図したわけではないんですけどね。 「それで……」 と、彼女は封筒を俺に差し出す。 「夏目桂君、ミス陵高おめでとう! これ賞品ね」 「えっ……俺が?」 「そう、ダントツでトップ! まるで映画のワンシーンを見てるかのようだったもの。私もああやって連れ去られてみたいわぁ」 ……そっちでかよ。 「じゃあ、また後日改めてインタビューに来るから。お大事にね」 微笑み去っていく彼女。 封筒をぼんやりと眺めていると、 「おめでとう、桂。完敗だね、キク」 「ああ。おめでとう、桂」 「すごいじゃない、桂。奇跡起きたわね」 「何はともあれよかったな、桂」 次々と祝福の言葉をかけられる。 「ありがとう。でもこれは……」 封筒を侑に手渡す。 「これ、キクと2人で行って来て」 「えっ? あんなに欲しがってたのに。どうして?」 「なんか反則っぽい勝ち方だったし、それにあの状況でソレ持ってると誰と行くかでものすごく揉めそうな気がするし。いいよな? コガタケ」 「ああ。俺、なんもしてねえし」 戸惑いの表情を浮かべる侑とキクに向かい、 「おみやげ買ってきてよ。俺達と、あとあやめちゃんと桐生にも」 と笑いかける。 答えを求めるかのようにキクを見る侑に「いいんじゃねえの」って感じでキクが頷く。 「ありがとう桂。来年は絶対に負けないからね!」 いや、来年は出ないから、俺。 |